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2020 いつも喜びましょう!: 3日目午前のプログラム パート1

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兄弟姉妹 こんにちは
間もなくミュージックビデオが
上映されます
ご覧になりながら 今忠実を保つなら
将来どんな大きな喜びを
味わえるかを考えてください
携帯電話などの電子機器をお持ちの方は
他の人の気を散らさない
設定にしてください
では ビデオをお楽しみください
「いつも喜びましょう!」という
地区大会の3日目午前のプログラムに
ようこそ おいでくださいました
今日の主題の聖句は
詩編 37:4です
「エホバに仕えるのは最高の喜び
神はあなたの心の願いを
かなえてくださる」
では よろしければ起立して
22番の歌
「王国は統治している 王国が
来ますように!」 を歌いましょう
歌の後 ビデオを止め
祈りを捧げてください
では22番の歌を歌いましょう
どうぞお座りください
厳しい試練に遭っても
喜ぶことは可能ですか
聖書によれば可能です
7部から成るシンポジウムで
エホバがどのように助けて
くださるかを学びます
話し手は 次の話し手を紹介します
まず 教育委員会の援助者
ケニス・フローディン兄弟の話を
お聞きしましょう
最初の話の主題は
「何があっても喜べる 災難」です
このシンポジウムの主題は
「何があっても喜べる」という
言葉で始まっています
どんなものも妨げには
ならないという意味です
ですからどんな妨げが
あっても喜ぶことができます
試練があっても喜べます
でも本当にそのようなことが
可能なのでしょうか
私は喜びというと試練よりも
プレゼントを思い浮かべます
でも そこがポイントです
試練に遭っても喜べるのは
エホバがプレゼントを
与えてくださっているからです
このシンポジウムでは そのうちの
3つが取り上げられます
エホバとの絆
仲間の兄弟姉妹
将来の素晴らしい希望です
ご一緒にローマ 5:3-5を
開いてみましょう
最初のプレゼントがどこに出てくるか
探してみてください
エホバとの絆です 3-5節
「それだけでなく 苦難に遭っても
喜びましょう
私たちが知っている通り 苦難によって
忍耐力が身に付くからです
そして 忍耐すると
神から良いと認められ」
忍耐するとエホバから「良いと
認められ」るのです 次です
「神から良いと認められると
希望を持てます
その希望が失望に
至ることはありません」
エホバとの絆があるからです
「私たちに与えられた聖なる力によって
神の愛が心の中に
注がれているからです」
試練に遭うときエホバから良いと
認められていると感じます
それで問題があっても喜べるのです
次はローマ 8:38, 39です
パウロは次から次へと
試練を経験しましたが
どんなものもエホバから
エホバの愛から自分を引き離せない
ことを確信していました
永続する絆を持っていたからです
ローマ 8:38, 39
「私は確信しています
死も 生も 天使も 政府も
今あるものも これから来るものも
力も 高さも 深さも
ほかのどんな創造物も
主であるキリスト・イエスを
通して示される
神の愛から私たちを
引き離すことはできません」
神との絆があれば
試練に耐えることができます
エホバからの2つ目の
プレゼントについてはどうですか
ペテロ第一 5:9です
サタンは試練を使って私たちを
落胆させようとしますが
9節にはこうあります
「揺るぎない信仰を持ち
悪魔に立ち向かってください」
何が助けになりますか
「ご存じの通り
世界中にいる
信仰で結ばれた兄弟たちが
同じような苦しみ
[つまり試練]を経験しています」
私たちはこの半年ほど
このことを実感しています
兄弟姉妹からの支えを経験しています
試練に耐える上で役立つ
エホバからの3つ目の
プレゼントは何でしょうか
ローマ 12:12にはっきりと
述べられています
「希望によって喜びましょう」
さらにこうあります
「苦難に遭っても忍耐しましょう
粘り強く祈りましょう」
それで エホバとの絆
兄弟姉妹 希望は
試練に対処する助けになります
さまざまな方法で助けてくれます
例えば 投獄されて
兄弟姉妹と連絡が取れなく
なってしまうことがあります
何が助けになりますか
エホバとの絆です
JW Broadcasting®の
ハロルド・キング兄弟を
思い出すかもしれません
兄弟は中国の独房に
4年半入れられました
でも 独りぼっちでしたか
当局者たちはそう思っていた
かもしれませんが
最高の友が兄弟と一緒にいました
兄弟はこう言っています
「エホバ神との素晴らしい絆を
持っていて
神を心から愛していました
エホバは架空の存在ではなく
実在者です」
キング兄弟は神との非常に強い
絆を持っていたので
試練の下で喜ぶことができたのです
別の例です
落ち込むとエホバとの関係を保つことを
難しく感じるかもしれません
そんなときに役立つエホバからの
プレゼントがあります
仲間の兄弟姉妹の支えです
苦しそうに呼吸している人のことを
思い浮かべてみてください
ベッドの上でとても
苦しそうにしています
そこに医療チームがやって来て
処置をします
すると 楽に呼吸が
できるようになります
同じように兄弟姉妹は
私たちが落ち込んでいるときや
問題にぶつかっているときに
助けに来てくれます
では試練に遭うときに希望は
どのように助けになるでしょうか
別の例を考えてみましょう
クリスチャンである親が年を取り
できないことが増えていきます
これも試練となり得ます
これは愛する人がひどい事故に遭って
病院のベッドにいる状況に
似ているかもしれません
患者は1人では何もできません
でも そこに医師が来てこう言います
「大丈夫 必ず良くなります」
希望が湧いてきます
高齢の親にも確かな希望があります
エホバがこう言って
おられるかのようです
「大丈夫 必ず若返って
元気になります」
確かに希望があれば喜べます
どんな問題や試練があっても
エホバが与えてくださる
こうしたプレゼントは
喜びを保つ助けになります
今度はローマ 8章を見てみましょう
ローマ 8:35, 37です
このシンポジウムでは 35節にある
7つの試練を1つずつ取り上げます
どんな試練でしょうか
ローマ 8:35
「誰がキリストの愛から
私たちを引き離せるでしょうか
災難 苦難 迫害 飢え 裸
危険 剣」 この7つです
でも37節をご覧ください
「しかし 私たちは
愛してくださった方により
これらのことがある中で
完全な勝利を収めています」
シンポジウムの それぞれの話には
厳しい試練を経験した兄弟や姉妹の
ビデオが含まれています
問題にぶつかった兄弟姉妹にとって
エホバからの どのプレゼントが
助けになったかに注目します
では パウロが最初の試練として挙げた
災難について考えてみましょう
災難とは難しい状況によって
生じる苦しみのことです
例えば 病気があります
コリント第二 12章を
開いてみましょう
コリント第二 12:7, 8です
パウロはこの災難に悩まされ
それをとげと呼びました
コリント第二 12:7, 8
「私は 思い上がることがないよう
体に1つのとげを刺されました
それはサタンの使いであり
私が思い上がらないよう
いつも平手打ちをしてきます
私は このとげがなくなるように
していただきたいと
3度主に懇願しました」
「体に[刺された]とげ」というのは
身体的な問題だったのでしょう
それがいつも「平手打ち」をしてきました
ずっと続いたのです
1週間くらいで治る風邪や
インフルエンザのようなものでは
ありませんでした
絶えずその問題に悩まされてきました
聖書によればパウロは慢性的な
目の病気を抱えていたようです
パウロはとてもつらかったことでしょう
実際そのとげを取り除いて
くださいと3度祈りました
当時は視力を矯正するための
眼鏡はありませんでした
目の手術もできませんでした
ですからその災難からは
逃れられませんでした
でも考えてみてください
パウロは聖なる力によって
病気の人を何人も治しました
ですから こう考えても
おかしくありませんでした
「私はどうして聖なる力で
治してもらえないんだろう」
災難に遭ってもパウロが
喜べたのはなぜですか
エホバとの強い絆があったからです
続くコリント第二 12:9を
読んでみましょう
エホバはパウロに「あなたの病気は
奇跡的に治ることはない」と言いました
9節 「私はあなたに惜しみない親切を
すでに十分に示している
人が弱い時にこそ 私の力は
完全に発揮されるのである」
つまり「病気は治らないけれど
災難の中でも奉仕を続けられる
力を与えよう」と言ったのです
9節の後半を見ると
パウロがエホバと強い絆を
持っていたことが分かります
パウロはこう言いました
「それで私は
自分の弱いところについて喜んで誇り
キリストの力が天幕のように
私を覆い続けるようにします」
エホバから力を与えられて喜んだのです
10節でパウロはこう述べています
「私は 弱いところ 侮辱
窮乏 迫害 困難を
キリストのために喜びます
私が弱い時 私には力があるからです」
ここで1つのビデオをご覧ください
ある夫婦が重い病気という
災難に見舞われます
でも そのような状況で
喜びを保っています
何が助けになったでしょうか
これまで45年間
開拓奉仕
旅行する奉仕
そして ここベテルでの奉仕を
楽しんできました
体は丈夫な方でした
どこにも問題はありませんでした
でもある日 頭痛に襲われました
ひどい頭痛でした
はっきり物が見えなくなったんです
ベテルのドクターの所に行くと
専門医を紹介してくれました
その診断によると スコットの
病名は悪性の脳腫瘍
グリオブラストーマでした
1週間後に手術になりました
手術後 放射線治療と
化学療法を同時に受けました
1年後 再び手術を受け
今も別のタイプの化学療法を
続けています
スコットが病気になった時
自分でできることがだんだん
減っていく姿を見るのが
私にとって とてもつらかったです
いろいろやってもらう側になるのが
受け入れられませんでした
兄弟たちは本当に
助けになってくれました
ある兄弟は私が手術を
受けると聞いて
聖句をプレゼントしてくれました
そして一緒に祈ってくれたんです
忘れることはないでしょう
本当にうれしかったです
サラからもたくさんの励みを得ています
集会のために一緒に準備してくれます
一緒に奉仕に出掛ける時
私も人々を助けることができるんです
話しかけて 励まします
ベテルでは奉仕部門で働いています
兄弟たちは扱っている
仕事について相談するため
私の所まで足を運んでくれます
そうやって奉仕できている
ことをうれしく思います
少しですが自分も何かの
役に立っていると思うと
ありがたく思います
私ですか
主人が謙遜なので助かっています
私は希望をしっかり持っています
今も そしてこれから何が起きても
エホバにずっと仕え続けます
そして新しい世界でも
ショフナー兄弟姉妹は
エホバとの強い絆を持っていました
姉妹は兄弟をよく支えました
エホバからのもう1つの
プレゼントは何でしたか
ショフナー兄弟は 兄弟たちが本当に
助けになってくれたと言っていました
ある兄弟は手術の前に
聖句を読んで祈ってくれました
退院後は若い兄弟たちが
仕事を手伝ってくれました
兄弟は奉仕できていることを
「うれしく」思うと言っていました
災難があっても喜べるのです
皆さんはどうですか
試練や災難に遭うとき
エホバからのどのプレゼントが
耐えるための力になっていますか
エホバとの絆ですか
仲間の兄弟姉妹ですか
希望ですか ほかのものですか
災難に遭ってストレスを感じているなら
このことを忘れないでください
エホバはいわば心電図のモニターを見て
私たちの心の痛みを
察知してくださいます
こう言ってくださいます
「安心して 大丈夫だから」
それで どんなにつらくても
どんな災難に遭っても
ローマ 8:37, 39の言葉を
忘れないでください
「私たちは 愛してくださった方により
これらのことがある中で
完全な勝利を収めています」
39節どんなものも どんな災難も
「主であるキリスト・イエスを
通して示される
神の愛から私たちを
引き離すことはできません」
では災難に遭っても喜びましょう
シンポジウムの次の話を
してくださるのは
統治体のサミュエル・ハード兄弟です
主題は
「何があっても喜べる 苦難」です
ストレスを感じたことがありますか
もしないなら人間ではありません
人は誰でも今の体制での
短い人生の間に
何らかの苦難に遭い
ストレスを感じるからです
苦難に遭うと
どういう気持ちになりますか
極度の不安を感じたり
悲しみを味わったり
つらい気持ちになったりする
ことがあります
どんなことがストレスの
原因になりますか
たくさんあります
多くの人にとって
最大の原因になるのは
配偶者の死です
2番目は けがや重い病気です
次は失業です
「家族をどうやって養っていったら
いいだろう」と不安になります
私たちエホバの証人にとっては
伝道をもっと行いたいのに
行えないことが
ストレスの原因になることがあります
このような理由でストレスを
感じることがあります
もちろん これ以外にも
たくさんあります
皆さんはどのように反応しますか
何かの苦難に遭うとき
どんな気持ちになりますか
悲しくなりますか
落ち込みますか
ふさぎ込んでしまいますか
ある人は「本当にそう感じる」
と言うでしょう
別の人は「気がめいって
どうしたらよいか分からなくなる
憂鬱で何もする気力が
湧かない」と言うでしょう
「独りきりになって泣いていたい」
という人もいます
多くの人はこんなふうに感じます
では 苦難に遭って
ストレスを感じるとき
本当に喜べるのでしょうか
聖書にはそのような状況の下で
喜んだ人の例がたくさんあります
1人か2人取り上げましょう
パウロは苦難に遭ってストレスを
感じましたが 喜びました
そのような状況の下でも
喜ぶことができたのです
よろしければ聖書を開いて
コリント第二を読んでみましょう
コリント第二 7:5です
こうあります
「マケドニアに着いてから
私たちは体を休めることができず
あらゆる苦悩を
ずっと味わっていました
[次です]
外には戦い
内には恐れがありました」
「外には戦い 内には恐れ」です
パウロは大変な状況に置かれていました
それでも喜ぶことができました
パウロはどんな状況に
置かれていましたか
トロアスでテトスに会いたいと
思っていましたが
テトスから何の連絡もありませんでした
テトスはどうしているんだろうと
心配していました
もしかしたら
コリント会衆の兄弟たちと
何かトラブルがあったのだろうかと
思ったかもしれません
テトスのことを心配し
様子を知りたいと思っていました
私たちも友人から連絡がないと
心配になることがあります
パウロはテトスのことが
心配で仕方ありませんでした
そのため いくらか気分が
沈んだかもしれません
パウロはこう考えました
「いつになったらテトスに
会えるんだろう」
ついにその時がやってきました
マケドニアでテトスに会えたのです
パウロは ほっとしました
そしてコリント会衆の兄弟姉妹に
ついての良い知らせを聞きました
パウロは一層うれしくなりました
コリント第二 7:6, 7を読むと
そのことが分かります
パウロはテトスに助けられました
私たちも兄弟姉妹に
助けを求めることができます
兄弟姉妹はエホバが与えてくださった
素晴らしいプレゼントです
私たちがどんな問題と戦っていても
兄弟たちは私たちを支えてくれます
ですから私たちは喜べます
私たちはさまざまな理由で
落ち込むことがあります
誰でも人生の中で時折
そういうことがあるものです
いろいろなことが引き金になります
先ほど述べたように 例えば
配偶者が亡くなる場合です
長年連れ添ってきた存在です
エホバはエデンの園で
「2人は一体となる」と言いました
ですから配偶者を失うというのは
自分の一部を失うようなものです
ですから落ち込むのは当然です
憂鬱になります
気持ちが沈み ふさぎ込み
暗い気持ちになり 悲しくなります
そのようなとき
何が助けになるでしょうか
では 試練に遭ったときに喜びを強める
3つの備えを思い出しましょう
どんな備えですか
1つ目はエホバとの絆です
ダビデはエホバとの強い絆を
持っていました
よろしければサムエル第一 30章を
お開きください
幾つかの節を読んで考えたいと思います
まず 1節をご覧ください
サムエル第一 30:1です
ダビデの部下たちは
ダビデを殺そうとしました
アマレク人が町を焼き払い
妻や子供たちを連れ去ったからです
ダビデの2人の妻も連れ去りました
ダビデは非常に落ち込みました
でも 6節の最後の方には
こう書かれています
「それでもダビデはエホバ神に頼って
自分を力づけた」
ダビデはどのように力を得ましたか
エホバ神に頼ったのです
エホバは私たちのことも
力づけ慰めてくださいます
聖書にある通り
エホバは慰めの神です
それで1つ目の助けは
エホバとの絆です
2つ目の備えは何だったでしょうか
仲間の兄弟姉妹です
兄弟姉妹は私たちを
本当に力づけてくれます
詩編 133編を
覚えていることでしょう
1節にはこうあります
「兄弟たちが一致して共に住むのは
何と素晴らしいことだろう
何と心地よいことだろう」
本当にこの言葉の通りです
でも 悪魔サタンは私たちを
兄弟たちから引き離そうとします
私たちを孤立させるため
刑務所に入れようとするかもしれません
でも たとえ刑務所に入れられても
私たちは独りではありません
では そのような状況の下で
何ができるでしょうか
思い出が助けになります
アルバムを取り出してください
ここにあるアルバムです
文字通りのアルバムではなく
頭の中のアルバムです
そのアルバムで自分を養うのです
思い出を呼び覚ますなら
力づけられ喜びが得られます
もし皆さんが私と同じぐらいの年なら
きっとよく思い出に浸って
おられると思います
疲れてしまっているので 思い出に
浸ることぐらいしかできません
でも 思い出は喜びを与えてくれます
2つ目は仲間でした
3つ目は希望です
私たちは新しい世界でエホバに
永遠に仕えるという希望を持っています
永遠とはいつまでも続くことです
終わりがありません
いつまでもいつまでも続きます
例えば空を見上げてください
空には始まりも終わりもありません
それが永遠です
いつまでも存在します
私たちも永遠に生き
喜ぶことができるのです
次のビデオをご覧ください
兄弟姉妹が苦難に遭ったとき
どんなことが喜ぶ助けになったかに
注目しましょう
結婚当初から子供が
欲しいねと話していました
それで 赤ちゃんが
おなかにいると分かった時
本当にうれしかったです
妻から赤ちゃんのことを聞いて
心に明るい光が差し込みました
自分はもうお父さんなんだと思いました
早速これからのことを
いろいろ考えました
おなかの子が愛しくて
仕方がありませんでした
ある日妻の具合が悪くなって
友達から病院に行った方が
いいと言われたのでそうしました
妻は超音波検査を受けました
その後医者から
赤ちゃんの心臓はもう
動いていませんと言われました
本当にショックでした
その時のことは忘れられません
あまりにも突然に
夢も希望も準備してきたことも
終わったんです
赤ちゃんのことでわくわくする
気持ちでいっぱいだったのに
その心に大きな穴が
ぽっかり開いてしまって
その穴は何をしても
埋まりませんでした
喪失感に押しつぶされそうでした
どうしたらいいのか分かりませんでした
でもその晩は集会だったので
集会に行くことにしました
集会に行けばエホバの聖なる力の
助けを得られると思いました
自分たちの力だけでは対処
できないことが分かっていたからです
エホバが必要でした
私たちの状況を聞いて
たくさんの人たちが
自分たちの経験を話して
励ましてくれました
1人じゃないんだと感じました
エホバは素晴らしい友達を
与えてくれました
実の兄弟以上の絆で
結ばれた友達です
苦しい時それにすぐに気付いてくれます
一緒に祈ってくれます
そばにいて耳を傾けてくれます
こうした友達はエホバの愛の表れです
喜びを取り戻すには時間がかかります
助けになったのは 個人研究で
見つけた詩編 139編です
そこには私たちがどこにいても
エホバは見つけてくださり
どんな暗闇もエホバにとって
暗過ぎることはないとあります
私たちは暗闇の中にいるようでした
でもこの聖句を思い巡らして
大きな力を得ました
少しずつですが
明るい気持ちになれるよう
エホバが助けてくださっているのを
実感しています
苦難に遭うとき
エホバは助けてくださいます
絶望するしかないわけではありません
コリント第二 4章を見てみましょう
脚注にも注目します
コリント第二 4:8です
こうあります
「私たちは あらゆる面で
圧迫されながらも
身動きが取れないわけではありません
困惑させられながらも
逃げ道が全くないわけではありません」
脚注によると 「絶望するしかない」
わけではありません
エホバは私たちが絶望する
ままにはしないのです
今あなたが精神的 感情的ストレスに
直面しているとしたら
喜びを保つためにエホバのどんな備えが
役立つと思いますか
エホバとの絆ですか
仲間の兄弟姉妹ですか
希望ですか
あるいは ほかのものですか
エホバからの備えに加えて
次のことも役立つかもしれません
健康的な食事をすること
そして十分な睡眠を取ること
適度に運動することです
リストを2つ作りましょう
1つは自分で解決できる問題のリスト
もう1つは今は解決できない
問題のリストです
1つ目のリストに取り組み
2つ目のリストはエホバに委ねましょう
自分の状況について
長老やバランスの取れた見方ができる
親しい友達や親に話してみてください
喜んで助けになってくれるでしょう
役立つ情報やアドバイスを
与えてくれるかもしれません
きっと親身になって
支えてくれるでしょう
メンタルの問題は
専門家の助けが必要な場合も
あることを覚えておきましょう
イエスがルカ 5:31で
述べた通りです
「健康な人に医者は必要ではなく
病気の人に必要なのです」
もちろん決定するのは本人ですが
この聖句は助けになります
場合によっては専門的な訓練を受けた
医師の助けが必要です
エホバはあなたの頑張りを
認めてくださっています
そのことを一瞬たりとも
疑わないでください
もちろん精神的 感情的ストレスに
対処するのは簡単ではありません
でも エホバは私たちの状況を理解し
耐えられるよう助けてくださいます
そのことを忘れないでください
あなたの頑張りを
エホバは認めてくださいます
だからこそ私たちは
喜ぶことができるのです
神はあなたを見捨てたりしません
認めてくださっています
あなたを大盾で囲み
祝福してくださるのです
ですから喜んでください
苦難に遭うとしても喜び続けましょう
統治体のゲリト・レッシュ兄弟が
シンポジウムの次の話を
してくださいます
主題は 「何があっても喜べる 迫害」 
クリスチャンはキリスト教が
始まった時から迫害を受けてきました
コリント第二 11章を
開いてみましょう
パウロは自分が受けた迫害について
コリント第二 11:23-25で
こう述べています
「彼らはキリストの奉仕者ですか
私は狂人のように言いますが
私の方がはるかに優れた奉仕者です
私の方がたくさん働き
多く拘禁されました
数え切れないほど殴打され
何度も死にかけました
ユダヤ人たちからむちで39回
打たれたことが5度
棒で打ちたたかれたことが3度
石を投げ付けられたことが1度
難船したことが3度あり 一昼夜
海上を漂ったこともあります」
パウロは自分が経験した
さまざまな問題を挙げた後
12:10でこう言っています
「私は 弱いところ 侮辱
窮乏 迫害 困難を
キリストのために喜びます
私が弱い時 私には力があるからです」
もちろんパウロは迫害が好き
だったわけではありません
でも 迫害によってエホバが
栄光を受けることを喜びました
では今度はフィリピ 1:14と
18節を読んでみましょう
迫害はエホバが私たちのために
行動してくださるのを見
私たちがエホバのお名前を
高める機会ともなります
それがきっかけでエホバについて
学ぶ人もいます
フィリピ 1:14, 18でパウロは
こう述べています
「そして 私が拘禁されていることで
主に従う兄弟たちの大半が確信を持ち
恐れることなく ますます勇敢に
神の言葉を語っています」
18節「では どんな結果に
なっているでしょうか
うわべだけの伝道であれ
心からの伝道であれ
あらゆる方法でキリストのことが
広められています
そのことを私は喜んでいます
そして これからも喜びます」
迫害によってエホバとの絆や
希望が弱まるどころか
強まるのです
パウロはローマ 5:3, 4で
こうも述べています
「苦難に遭っても喜びましょう
⋯⋯そして 忍耐すると
神から良いと認められ
神から良いと認められると
希望を持てます
その希望が失望に至ることはありません」
希望は迫害を耐える
大きな力になるのです
聖書にはさまざまな種類の
「希望」について述べられています
例えば「救いの希望」には
将来エホバと完全な絆を持てる
という希望が含まれています
ハルマゲドンを生き残る
という希望もあります
パラダイスになった地球で
永遠に生きるという希望もあります
天で不滅の命を受ける
という希望もあります
ではローマ 5:3, 4で
述べられているのは
どんな希望ですか
天での命を受けるという希望です
文脈を見てみましょう
ローマ 5:2の後半です
こうあります
「神によって栄光に輝くという希望が
あるのですから 喜びましょう」
1世紀のクリスチャンは全員
天での命を受ける希望を持っていました
単にさまざまな問題が解決されるとか
世界の状況が良くなるとか
病気が治るとかいった
希望ではありません
天で生きるという希望です
コロサイ 1:3にはこうあります
「皆さんのために祈る時⋯⋯
神にいつも感謝しています
⋯⋯皆さんがそうしているのは
天で実現する希望があるからです」
次にローマ 8:20, 21に
注目しましょう
今日エホバの証人の大群衆は
パラダイスになった地球で永遠に
生きるという希望を持っています
パウロはローマ 8:20, 21で
その希望について述べています
「創造物はむなしい状態に
置かれましたが
自分の意志でそうなったのではなく
神によってそのようにされ 同時に
希望を与えられたからです
創造物も腐敗への奴隷状態
から自由にされ
神の子供の輝かしい自由を
得るという希望です」
パウロはローマ 12:12で
「希望によって喜びましょう」と述べた時
天で永遠に生きる希望について
言っていましたが
ほかの羊も自分たちの希望によって
喜ぶことができます
ですから私たちは皆 大いに喜べます
この世界の先行きは暗く
希望は実現しませんが
私たちの明るい希望は
間もなく実現します
この世界の希望は当てになりませんが
私たちの希望は信仰に基づいています
この世界の希望は失望に至りますが
私たちの希望はかなえられます
間もなく実現する新しい世界では
私たちの希望は天のものであれ
地上のものであれ
永遠に幸せな生活を送れるのです
ご一緒にテトス 2:13を
読んでみましょう
「そして 幸福な希望が実現し
偉大な神と救い主イエス・キリストが
栄光に輝いて現れるのを待っています」
さらにローマ 8:24, 25によると
希望は忍耐する助けになります
こうあります
「待ち望んでいるものが見えたなら
待ち望む必要はありません⋯⋯
私たちは 見えていないものを
待ち望んでいるからこそ
忍耐して⋯⋯待ち続けるのです」
希望には強いものもあれば
弱いものもあります
どうすれば希望を強められますか
「希望」という言葉について
注釈はこう述べています
「ここで使われている
ギリシャ語エルピスは
基本的には『良いことに
対する期待』を意味する
パウロはこの文脈で 苦難 忍耐
神から良いと認められること
について述べた後
最後に希望を挙げている
従って神からの良い知らせを
受け入れた時に抱いた
希望について述べていたのではない
むしろクリスチャンが試練を
忍耐することによって
強められる希望について述べている
クリスチャンは試練を
忠実に忍耐するとき
神から良いと認められたことを自覚する
この自覚によって当初に
抱いていた希望は強まる」
私たちもパウロのように迫害されても
喜ぶことができます
学校や職場や家庭で
あるいは政府の制限のため
厳しいことを言われたりされたり
することがあるかもしれません
マタイ 5:11, 12を
読んでみましょう
イエスは山上の垂訓の中で
次のように述べました
「私のために非難され 迫害され
悪意のあるうそをいろいろ言われるとき
あなたたちは幸福です
喜び 歓喜しなさい
天での報いは大きいからです
以前の預言者たちも同じ
ように迫害されました」
では次のビデオをご覧ください
迫害に遭った兄弟姉妹が
喜びを保つ上で
どんなことが力になったでしょうか
ある日の朝早く
武装したロシアの特殊部隊が
家に押し入ってきました
私に手錠をかけ 家中調べました
警察に連れていかれ 尋問を受け
2日後には裁判所から
公判前勾留を言い渡されました
怖かったです 刑務所で何を
されるか分からなかったので
警察は 罪を認めて仲間の
エホバの証人の名前を言えと命じ
そうしないとどうなるか
分からないぞと脅しました
妻と引き離されたことも
本当につらいことでした
2か月間聖書も出版物も
一切入手できませんでした
それで聖書を作ろうと決めました
妻がノートを送ってくれたので
私は毎日覚えていた
聖句を書き出しました
500ほど書いた時に
聖書が手に入ったんです
エホバの言葉に飢えていたので
4か月で読み切りました
この期間に妻や友達に手紙を書いて
読んだことから学んだ
興味深い点を伝えました
友達や愛する妻から手紙をもらった時
本当にうれしかったです
まるで隣にいるかのように
近くに感じました
私は独りではありませんでした
みんなすぐそばにいてくれたんです
勾留されると社会から引き離されます
でもエホバから引き離される
ことはありません
一日中何度も何度もエホバに祈ります
特に寝る前にはそうします
みんながベッドに入った後
かすかな明かりの中
エホバに祈りたいだけ
祈ることができました
監房で1人だけになった時が
何度かあったのですが
その時はチャンスでした
ひざまずいて大きな声を出して
エホバに祈りました
紙にエホバへのお願いを書き出して
エホバが答えてくださったものに
印を付けるようにしました
エホバがすぐそばにいてくださる
ことを確信できました
一日中賛美の歌も
静かに歌いました
1人だけの時はありったけの
声で歌いました
できる時はいつでも
聖書について話しました
話した話題は本当にいろいろです
入れ墨だったり 北の王だったり
恐れたり 心配していたことは
何も起きませんでした
結局343日間勾留されましたが
髪の毛1本も失われませんでした
人生で最も意義深い1年でした
エホバの奉仕者として自分を磨く
素晴らしい学校へ行ったみたいです
これほどエホバを身近に
感じたことはありません
このような方法でエホバの主権を
支持できたことを誇りに思います
今あなたは反対に直面していますか
もしそうなら喜びを保つために
何が力になると思いますか
エホバとの絆 仲間の兄弟姉妹
天や地で生きる希望 それら全てです
では喜びましょう
エホバと仲間の兄弟たちが
愛してくれているからです
あなたが迫害を忍耐しているなら
次のことを忘れないでください
友人や会衆の兄弟たちだけではなく
世界中の兄弟たちが
あなたのために祈っています
天使たちもあなたを見ています
あなたが忠実であり続けるなら
天使たちはあなたを誇らしく思い
自分たちも忠実を保つよう
力づけられます
エホバやイエスや天使たちと同じように
仲間の兄弟たちは反対に遭っても
忍耐と信仰を示すあなたのことを
誇らしく思っているのです
シンポジウムの次の話を
してくださるのは
奉仕委員会の援助者
ウィリアム・ターナー兄弟です
主題は「何があっても喜べる 飢え」です
皆さんはしばらく食事が
できないと どうなりますか
多くの人は機嫌が悪くなったり
集中できなくなったり
考えがまとまらなくなったりします
でも 食べ物が手に入らなくて
何日も食事ができず
飢えを感じる場合はどうですか
使徒パウロは宣教を行っていた時
そのようなことを経験しました
例えばコリント第二 11:27で
「飢えと渇きを覚え
食べ物が何もない[時]が
よくあり⋯⋯ました」 と言っています
辺ぴな土地や砂漠を旅行している時に
そういう経験をしたのでしょう
新しい場所では知り合いもおらず
お金もあまり稼げなかったので
飢えや渇きを感じたことも
あったことでしょう
パウロは大飢饉を
経験したこともありました
それは3年以上続き
ユダヤとエルサレムの人たちは
ひどく困窮しました
そのような厳しい状況の中
パウロが持っていた見方は
注目に値します
コリント第二 6:10で
自分や兄弟姉妹たちが
「悲しんでいると見なされていますが
常に喜んでいます」 と述べています
パウロは大変な状況には
ある程度の悲しみや苦しみが
付き物であることを知っていました
では飢えを感じても 喜び
内面の喜びを感じることができたのは
なぜだったのでしょうか
パウロの答えに注目しましょう
フィリピのクリスチャンへの
手紙をお開きください
フィリピ 4:11-13を読みます
パウロはこう言っています
「こうしたことを述べているのは
困窮しているからではありません
私は どんな状況にいても満足する
ということを学びました
貧しい生活も 豊かな生活も
知っています
満たされているときも
飢えているときも
物がたくさんあるときも
少ししかないときも
常にあらゆる状況でやっていく
秘訣を学びました
力を与えてくださる方のおかげで
私は強くなり
どんなことも乗り越えられます」
パウロは12節で
「満たされているときも
飢えているときも⋯⋯
やっていく秘訣を学びました」
と述べています
この秘訣とは生活必需品に
ついてもエホバに頼り
エホバが与えてくださるもので
満足するということです
パウロは確かにエホバに頼りました
自活して他の人たちに
負担を掛けないようにしました
宣教に打ち込むため 物を
あまり持たないようにしました
仲間の兄弟姉妹たちはパウロに
必要なものを進んで与えました
パウロはそのような援助に
感謝したことでしょう
こうした経験を通して
大切なことを学びました
エホバの支えを何度も経験し
どんな状況になってもエホバに頼るなら
必要なものを与えられるという
確信を抱くようになったのです
フィリピ 4:13にある通り
エホバはパウロを支え
パウロに力を与えました
それでパウロは難しい
状況の下にあっても
満足し内面の喜びを保ち
宣教を行い続けることができました
パウロの例から何を学べますか
私たちもさまざまな理由で
飢えを経験するかもしれません
例えば暴動や経済危機のために
食糧不足になるかもしれません
世界で起きている
さまざまな出来事のために
兄弟たちを含め
多くの人たちが職を失っています
そのため貧しい生活を
強いられるかもしれません
迫害のために飢えを経験する
ようになることもあります
ナチの強制収容所に
入れられた兄弟たちは
十分な食べ物が与えられませんでした
これは兄弟たちの忠誠をくじくための
サタンのあくどい方法の1つです
エホバに一層仕えるために
必要の大きな所へ移動する人も
生活をシンプルにし
少ない物で満足しなければ
ならないかもしれません
このように食べ物が
十分手に入らなかったり
飢えを感じたりする状況は
いろいろあります
不安やストレスを感じるかもしれません
そんな時に欠かせないのは
何でしょうか
エホバを信頼することです
そうすれば穏やかな気持ちを保ち
その日その日の問題に
取り組むことができます
ある父親は国がインフレに
なった時こう言いました
「家族が生きていけるよう
『今日 この日のためのパンを
私たちにお与えください』と
毎日エホバにお願いしました」
また私たちはエホバが与えて
くださるものが何であっても
感謝しなければなりません
先ほどの父親はある日
食べ物を買いに行ったところ
自分の嫌いな物しか
残っていませんでした
どうしましたか
こう言っています
「私の嫌いな物でした
でも食べ物であることに
変わりはありません
その晩は家族でそれを食べました」
父親はエホバに感謝しました
私たちは今好きな物を食べる
ことができるかもしれません
でも状況が変わるとしたら
手に入る物で満足し感謝しますか
神は私たちを気遣い
必要なものを与えてくださいます
本当に心強く感じるのでは
ないでしょうか
もちろん私たちはエホバが
与えてくださるものを
感謝して受け入れる必要があります
次のビデオをご覧ください
飢えを経験した姉妹が
喜びを保つ上で
何が助けになったかに
注目しましょう
ベネズエラも以前はこれほど
生活は厳しくありませんでした
お店に行けば十分な量の
食べ物が買えましたし
生活ものどかでした
私たち家族にとって
状況が厳しくなったのは
5年ほど前からです
食べ物も生活必需品も
全く手に入らなくなりました
何か買おうと思ってお店に
行っても何もないんです
2人の長老がほとんど
毎日のように来てくれて
食べ物が十分に足りているか
尋ねてくれました
食事を用意するときに
一番気になったのは
子供たちのことです
ちゃんと足りているか心配で
自分より子供と思っていました
下の子が 「ママ!これで
足りるの」と聞くので
「ええ これで十分よ」と答えました
「えぇ ほんと?」と
けげんそうでしたけど
そんなに食べなくても「自分は
大丈夫」と思っていました
でも 体は正直でした
ある日曜日の朝 ちょっと具合は
良くなかったんですが
集会中にふと気付くと
娘から「ママ 3回も気を失ってたよ」
と言われたんです
「そんなはずないでしょ」と言いました
兄弟たちはすぐに医者に
連れてってくれました
ひどい栄養失調と診断されました
兄弟たちは私のために
プランを立ててくれました
食材ではなく食事を届けて
食べ終えるのを見届ける
ことまでしてくれたんです
以前に比べればまだまだ細いですけれど
でも体の調子はとってもいいです
長老たちはいつも私のことを
気遣ってくれて
そのことにとても力づけられています
いつも喜びを保つことができています
全部エホバのおかげです
いつも支えてくださるエホバに
感謝しています
着る物 食べる物
そして素晴らしい仲間
全てエホバからの贈り物です
姉妹にとって何が助けになりましたか
まず エホバとの絆です
姉妹はエホバとの友情をしっかり保ち
集会を欠かしませんでした
仲間の兄弟姉妹の助けもありました
親切な長老たちが毎日姉妹たちの
様子を見に来ました
食べ物を持っていき 姉妹がきちんと
食べているかも確認したのです
私たちもエホバとの絆を守り
仲間の兄弟姉妹に助けてもらい
希望をしっかり保つなら
飢えを経験しても喜ぶことができます
私たちはパウロがフィリピ 4:12で
述べたのと同じ確信を抱けます
エホバは私たちが「あらゆる
状況でやってい」けるよう
必要なものを与えてくださるのです
食べ物が不足するようなとき
自分や家族のことが心配に
なるのは自然なことです
でもこれまで考えてきたように
飢えを経験しても喜びを
保つことは可能です
大切なのは秘訣を学ぶことです
誰もが秘訣を知りたいと思います
エホバはその秘訣を喜んで
教えてくださることでしょう
でも そのためにはエホバに頼り
エホバが助けてくださっていると
実感する必要があります
私たちがエホバへの揺るぎない愛と
喜びを保つとき
エホバは喜んでくださいます
私たちを決して
見捨てたりはしないのです
シンポジウムの次の話を
してくださるのは
出版委員会の援助者
ロバート・ルシオーニ兄弟です
主題は「何があっても喜べる 裸」です
厳しい試練に遭っても
喜ぶことは可能ですか
ここまでで私たちは使徒パウロが
災難 苦難 迫害 飢えを経験しても
どのように喜びを保ったかを考えました
今まさに そういう経験を
している皆さんは
とても励まされたに違いありません
では 災害や暴動などで
全てのものを失った場合は
どうでしょうか
パウロの経験から何を学べますか
主題の聖句である
ローマ 8:35でパウロは
「裸」でさえ「キリストの愛から私たち
を引き離せ[ない]」と述べています
パウロ自身そのことを経験しました
コリント第二 11:27を
読んでみましょう
この聖句の中で自分が経験した
試練について こう述べています
「苦労して働き
眠れない夜を何度も過ごし
飢えと渇きを覚え
食べ物が何もないことがよくあり
寒さに震え 着る物がない
[つまり裸の]こともありました」
着る物がなかったのはパウロが
怠惰だったからではありません
聖書によると パウロは生計を
立てるため勤勉に働きました
でも宣教で困難な状況に直面し
寒さに震え 着る物が
ないことがありました
例えば地中海を船で移動していた時
ひどい暴風に遭い
船が難破したことがあります
船はばらばらになりましたが
パウロたちは船の木片につかまって
なんとか助かりました
岸にたどり着いた時
服はほとんど身に着けて
いなかったことでしょう
実際マルタ島の人たちは
彼らが冷えきった体を
温めるために火をおこしました
別の時 パウロは身一つで
逃げたことがあります
打ちたたかれたり
石打ちに遭ったりして
服がぼろぼろになったこともあります
使徒 16:22の記録によると
「行政官たちは[パウロ]の
服を剝ぎ取った後
棒で打ちたたくようにと命令し」
それから牢屋に入れました
こうした記録を読むと
パウロがコリント第一 4:11で
述べたことを一層よく理解できます
コリント第一 4:11
「今この時まで 私たちは
ずっと飢えと渇きを覚え
着る物がなく 打ちたたかれ
家もなく」
こうした状況の中 パウロは兄弟姉妹に
どんなことを勧めたでしょうか
16節をご覧ください
「それで 皆さんに勧めます
私に倣ってください」
パウロは自分に倣うよう勧めました
試練に遭っても喜ぶよう勧めたのです
ローマ 12:12では
「希望によって喜びましょう⋯⋯
困っている聖なる人たちと
分け合ってください」 と言っています
パウロは困難な状況の下でも喜び
他の人たちを助けることができました
最近 多くの兄弟姉妹が
さまざまな災害に遭っています
過去1年だけを振り返っても
アルバニア フィリピン
プエルトリコなどで地震があり
コンゴ スペイン 米国で洪水があり
バハマ フィリピンで
ハリケーンや台風があり
オーストラリア 米国で
大きな山火事がありました
ほかにもたくさんの災害がありました
その結果 多くの兄弟姉妹は
真夜中に着の身着のままで
避難しなければなりませんでした
皆さんの中にも そのような経験を
した方がおられるかもしれません
災害で全てのものを失った
兄弟姉妹もいます
このような報告を聞くと心が痛みます
私たちは大変な状況にある 愛する
兄弟姉妹のことを祈りに含めています
でも 兄弟姉妹はそのような
状況の下で喜びを保っています
なぜ喜べるのでしょうか
では 次のビデオをご覧ください
着る物にも困るような状況で
どんなことが喜ぶ助けになったかに
注目してください
私たちが暮らすニューヨークは
生活のペースがとても速い所です
そのペースに付いて
いかなければなりません
よくやっていたと思います
このニューヨークで開拓奉仕を楽しみ
生活のために仕事も頑張っていました
いつも気を付けなければ
ならないのは安全です
周りの状況に気を配ります
でも ハリケーンのことは
考えもしませんでした
まったくの想定外でした
最初の警報が出た日
外は雨が降っていて
風も強まっていました
アパートの駐車場の所まで
水が来ていたので
これは大変なことになると思いました
着の身着のままで飛び出しました
何もかも破壊され
全てを失いました
たった一晩で・・・
家が水浸しになり
持ち物全てを失うことになる
なんて考えもしませんでした
もう何もありません
こんな経験初めてです
力が抜けました
「これからどうしよう・・・」
そればかり考えていました
週末の巡回大会に着ていくスーツも
ネクタイもありませんでした
服はあって当然のものだと
ずっと思っていました
でも違ったんです
兄弟姉妹が来て
いろいろな方法で助けてくれました
大会の前日に ドアを
ノックする音が聞こえました
開けるとスーツが3着と
靴も置いてあったんです
兄弟姉妹からのプレゼントでした
本当に驚きました
私たちを力強くハグしたり
お金をくださったりもしました
エホバの愛に包まれて
いるのを感じました
私たちは大会に出席し 信仰を
強めることができたんです
失った物はたくさんありましたが
開拓奉仕を続けることができました
今も続けています
エホバは王国を第一にするなら
ほかのもの全てを与える
と約束しています
だから私たちは喜べるんです
どんな災難を経験するとしても
たとえ裸を経験するとしても
それが私たちの神エホバとの関係を
断ち切ることは決してできないのです
この夫婦にとって何が
助けになりましたか
2人は一晩で全てのものを失い
途方に暮れてしまいました
でも どんな確信を抱いていましたか
ブライアンはこう言っていました
「どんな災難を経験するとしても
たとえ裸を経験するとしても
それがエホバとの関係を断ち切ることは
決してできないのです」
2人は兄弟たちの助けにも
感謝していました
エホバと将来への希望を固く保ちました
何を学べますか
たとえ試練に遭っても
試練によって持ち物を失っても
着る物に困っても
これまでに学んだ3つの助けによって
喜びを保つことができます
エホバとの絆を守ること
仲間の兄弟姉妹の助けを
受け入れること
希望を失わないようにすることです
多くの皆さんは困窮している兄弟姉妹
をすぐに助けてくださいました
心から感謝しています
災害の頻度が高まり
被害が大きくなっているので
仲間の兄弟姉妹を助ける
必要も高まっています
皆さんの惜しみない援助に
深く感謝しています
被災地に赴いて援助した人たちもいます
例えばハリケーン・ドリアンが
バハマを襲った後
飛行機の操縦士の兄弟たちが
700人以上の奉仕者を
被災地に送りました
自分の住んでいる場所で
兄弟姉妹を援助した人たちもいます
例えばコンゴでは暴動が起きたため
多くの兄弟姉妹が 着の身着のままで
家や村を離れなければなりませんでした
持ち物や仕事を失った人たちは
どうなったでしょうか
近くの会衆の兄弟姉妹が
自分たちも貧しかったにも関わらず
お金や食べ物や服や
住む場所を提供したのです
ボリビアとベネズエラでは
会衆の兄弟姉妹が
食べ物を分け合いました
新型コロナウイルスが
流行しているこの時期にも
兄弟姉妹は進んで
食料や救援物資を提供し
仲間を慰め 共に
エホバを崇拝しています
多くの会衆や家族が
みんなで助け合っています
また 皆さんの自己犠牲の精神や
惜しみない寄付によって
世界中の兄弟姉妹が助けられています
これは サタンに平手打ちを
加えていることになります
なぜそう言えますか
ヨブ 1:11で サタンは
エホバを侮辱しました
エホバを愛する私たち全てのこともです
試練に遭えば 私たちがエホバに
背を向けるとほのめかしたのです
ヨブ 1:11にはこうあります
「試しに あなたの手を出して
彼の持つもの全てを破壊してください
彼はきっと面と向かって
あなたを侮辱します」
サタンはこう主張しました
私たちが所有物を失うか
エホバに仕え続けるか選ぶよう
迫られたら 物を選ぶ
また 自分を第一にするか
他の人を助けるかと言われたら
自分を選ぶ
大きな間違いです サタンは今日
エホバの組織で起きていることを見て
腹を立てているに違いありません
私たちはどうしますか
サタンを怒らせ続けましょう
困窮した兄弟姉妹を
これからも助けてください
そうすれば 私たちは幸せになれます
兄弟たちも喜べます
では 愛する皆さん
これからも喜びを保つよう
努力しましょう
次の3つのことを行いましょう
エホバとの絆を守り
兄弟姉妹の愛と支えに感謝し
私たちの素晴らしい希望を
思い巡らすことです
忘れないでください 裸を経験しても
持ち物を全て失っても
エホバに忠実に仕え続けるなら
エホバの心を喜ばせることができます
それこそが私たちの大きな喜びの源です
シンポジウムの次の話を
してくださるのは
人事委員会の援助者
ラルフ・ウォールズ兄弟です
主題は
「何があっても喜べる 危険」 です
この話の主題は
「何があっても喜べるか 危険」
ではなく
「何があっても喜べる 危険」
と言い切っています
使徒パウロが示した
手本を見てみましょう
パウロは危険に遭っても
喜ぶことができました
宣教を行っている間
何度も危険な目に遭いました
1つの聖句だけで自分が直面した
8つの危険について述べています
それには「強盗の危険」が含まれています
エフェソスにいた時には
闘技場で野獣の前に
引き出されたようです
ご一緒にコリント第二 1:8-11を
読んでみましょう
こうあります
「兄弟たち アジア州で私たちが
経験した苦難について
知ってほしいと思います」
パウロはこの言葉をヨーロッパの
マケドニアにいた時に書きました
さらにこう述べています
「私たちは どうすることもできない
ほどのひどい圧迫を受け
命さえ危うい状況でした
死の宣告を受けたように感じました
それにより私たちは
自分自身にではなく
死者を生き返らせる
神に頼るようになりました
神は差し迫った死の危険から
確かに救ってくださったのであり
これからも救ってくださいます
私たちには 神が今後も救ってくださる
という希望があります
皆さんも 私たちのために
祈願をすることによって
私たちを助けてください
多くの人の祈りのおかげで私たちは
神から恵みを受けることができ
私たちのことで多くの人が
感謝の祈りを捧げるでしょう」
パウロは1年近く前に
コリントのクリスチャンに
第一の手紙を書きました
その時にはアジアの都市
エフェソスにいました
その手紙の15:32で
こう述べています
「ある人たちのように私が
エフェソスで野獣と戦ったことは
私にとって何の意味があるでしょうか」
パウロは闘技場で野獣の前に
引き出されたことについて
述べていたのかもしれません
でもパウロは復活の
希望から力を得ました
こう述べています
「それにより私たちは
自分自身にではなく
死者を生き返らせる
神に頼るようになりました」
パウロは仲間のクリスチャン
からも励ましや力を得ました
こう言っています 「皆さんも 私たちの
ために祈願をすることによって
私たちを助けてください
多くの人の祈りのおかげで私たちは
神から恵みを受けることができ
私たちのことで多くの人が
感謝の祈りを捧げるでしょう」
私たちも会衆の愛情深い兄弟姉妹から
さまざまな方法で
助けられ支えられています
パウロと仲間たちは宣教期間中
「ひどい圧迫」を受けました
「命さえ危うい状況」に
なったこともあります
パウロはどのように助けられましたか
仲間のクリスチャンが助けに来て
励まし 慰めてくれました
自然災害などが生じるとき
真っ先に駆け付けてくれるのは
大抵 兄弟姉妹です
兄弟姉妹は仲間や他の人が
必要としている物資を届け
聖書から慰めます
私たちの場合 闘技場で野獣の前に
引き出されることはないでしょう
でも パウロのような危険に
遭うことはあります
それでも喜ぶことができます
私たちは皆「強盗の危険」や暴力を
受ける危険にさらされています
治安が悪くなっているからです
聖書は「終わりの時代」の人々について
「乱暴​で 善い​こと​を​愛し​ませ​ん」
と予告していました
ある家族は大変な目に遭いましたが
喜びを保つことができました
何が助けになったでしょうか
ビデオをご覧ください
私はカラカスで生まれ
ペタレという町に住んでいます
ペタレは暴力と犯罪が日常茶飯事です
数年前 悲しいことに
開拓者の姉妹が銃で撃たれ
亡くなりました
同じようなことが息子の
身にも起きました
近所でけんかがあって
流れ弾が当たったんです
即死でした
心にぽっかり穴が開いたようでした
部屋にもベッドにも
もう息子はいません
いつも着ていた服を見ても 靴を見ても
ただただ胸が締め付けられました
もう泣くことしかできませんでした
もう駄目だと思いました
でも会衆はそのことに気付くとすぐに
助けの手を差し伸べてくれました
兄弟たちは何から何まで
必要なことをやってくれました
それからというもの
野外奉仕に出掛けるのが
とても怖くなりました
自分や家族がまた殺されるんじゃ
ないかと思ったんです
エホバに祈りました
するとエホバは奉仕を続け
られるよう助けてくれました
時々 息子のことを考えます
事件のことを思い出しては
やるせない気持ちになり
また泣いてしまいます
でも 復活の希望を
はっきり思い描くようにすると
前向きになるよう力づけられます
私はラザロについての記述が大好きで
いつも思いに留めています
その中でマルタはこう言います
「終わりの日[に]彼が
生き返ることは知っています」
私も全く同感です
エホバが息子を復活させ
私たちの所に戻して
くれることを信じています
この出来事で私の喜びが
奪われたのは事実です
でも 一番つらい時期が過ぎ去ると
復活の希望があるので
喜びを取り戻すことができます
まるでエホバが「大丈夫だよ」と
言ってくれているようです
優しく私の肩をたたいて
こう言ってくださっています
「頑張って このまま忠実を
保ちさえすれば
必ず会えるよ」
この家族が危険な目に遭っても
喜びを保てたのはなぜですか
祈り 復活の希望
仲間の兄弟姉妹の支え そして
エホバの力があったからです
あなたは危険に遭っても
喜びを保つ上で
何が助けになっていますか
エホバとの絆
仲間の兄弟姉妹 希望
他にもありますか
私たちは「困難で危機的な」
終わりの時代に生活していますが
危険がなくなるという希望によって
喜ぶよう勧められています
私たちはハバククと同じように
邪悪な体制が終わることを
切望しています
ハバクク 1章を見てみましょう
ハバククは 暴力 口論
圧制に苦しんでいました
それでこう言いました
「エホバ 私はいつまで⋯⋯
いつまで暴力からの救出を
願わなければならないのですか⋯⋯
私に悪事を見させるのはどうしてですか
圧制を見過ごしておられるのは
どうしてですか
私の前に破壊や暴力が
あるのはなぜですか
口論や争いがあまりにも
多いのはなぜですか」
なぜ なぜ なぜ いつまで
と聞きました
2:3でエホバはハバククに
こう述べています
「この幻は定められた時のためのもので
終わりに向かって急いでおり
偽りではない
たとえ遅れるとしても
待ち続けよ
必ずその通りになるからである
遅くなることはない!」
私たちもハバククのように
エホバを信頼し
エホバが間もなく暴力を終わらせる
という確信を保ちましょう
ハバククは友 また父である
エホバを信頼し
自分から気持ちを打ち明けました
1人で思い悩んだりしませんでした
自分の考えに頼らなかったのです
むしろ祈りで自分の気持ちや
心配事を打ち明けました
本当に良い手本です
3:18では次のように言っています
こうあります
「私はエホバのことで歓喜します
私の救いの神のことで
喜びにあふれます」
「祈りを聞く方」エホバは
私たちも自分の不安な気持ちを
祈りで伝えることを望んでいます
エホバは心配事を打ち明けた
ハバククを叱ったりしませんでした
むしろその気持ちを聖書に記させました
それは人間が抱く自然な感情だからです
エホバはその気持ちを祈りで
打ち明けてほしいと思っています
そうすればエホバは私たちの
祈りに答えてくださいます
私たちをハグするかのように
寄り添ってくださるのです
問題に対処できるよう
正しい見方を教えてくださるのです
心を込めた祈りは 神への
信頼を表す一番の方法です
エホバは私たちをどんな危険からも
救い出すことを切望しています
それを知ると大きな喜びに満たされます
シンポジウムの最後の話を
してくださるのは
教育委員会の援助者
デービッド・シェーファー兄弟です
主題は「何があっても喜べる 剣」です
使徒パウロは西暦59年から61年に
ローマで初めて拘禁された時
自分が借りていた家に滞在
することが許されました
もちろん いつも兵士に
監視されていました
この2年の間に やって来る
全ての人に伝道しました
またエフェソス フィリピ
コロサイのクリスチャンや
フィレモンにも手紙を書きました
ヘブライ人のクリスチャンにも
手紙を書いたと思われます
その後 釈放され宣教者奉仕を
再開することができました
エフェソスにいたテモテと
クレタにいたテトスにも
手紙を書きました
その後 間もなくローマ皇帝ネロは
ローマの大火をクリスチャンの
せいにしたようです
パウロは再び捕らえられ
鎖につながれます
西暦65年のことです
パウロは何十年にも及ぶ
自分の奉仕を振り返り
どう感じていたでしょうか
拘禁中にテモテに書いた
第二の手紙を読むと
パウロの気持ちが分かります
テモテ第二 4章を見てみましょう
パウロを捕らえた人たちは
剣を持っていましたか
そうに違いありません
パウロはそれを見て
ヨハネの兄弟ヤコブが
ヘロデ・アグリッパ1世に剣で処刑
されたことを思い出したでしょうか
確かなことは分かりませんが
テモテ第二の聖句によると
パウロは間もなく自分が処刑
されることを悟っていました
ほかにも分かることがあります
死に面していたパウロが
3つのものによって力づけ
られていた ということです
テモテ第二 4:6-8を
読んでみましょう
「私はすでに飲み物の捧げ物の
ように注ぎ出されており
解放される時が迫っています」
つまり死ぬ時が迫っていました
そしてやがてキリストの天の
王国に復活するのです
7節には こうあります
「私は立派に戦いました
競走を最後まで走りました」
「最後まで」とある通り
パウロは自分が競争を終え
勝利を得る時は近い
ことを知っていました
さらにこう言っています
「クリスチャンの信条を守りました
今から後 私は正義の冠を
授けられることになっています」
パウロは希望をしっかり
見つめていました
こう続けています
「その冠は 正しく裁く方である主が
定めの日に報いとして
与えてくださるものです」
この聖句から パウロがエホバとの
強い絆を持っていたことが分かります
神の子イエスが約束通り報いを与えて
くださることを確信していたのです
そしてこう言っています
「私だけにではなく
主が現れるのを待ち望んできた人
全てに与えてくださいます」
パウロは仲間の兄弟姉妹を
愛していました
彼らのことを忘れてはいませんでした
パウロは死に直面しても3つの
助けによって喜びを保てました
仲間の兄弟姉妹
エホバとの絆 希望です
パウロは死にたかった
わけではありません
生き続けて 兄弟姉妹とエホバに
仕えたいと思っていました
でもパウロは死を恐れませんでした
自分に与えられる報いに
ついて考え 喜びました
私たちもパウロのように死に直面しても
喜べます なぜですか
主題の聖句ローマ 8:35を
もう一度読んでみましょう
パウロは次の2つの質問をしています
「誰がキリストの愛から私たちを
引き離せるでしょうか
災難 苦難 迫害 飢え 裸 危険
剣であれば引き離せるでしょうか」
答えは38, 39節にあります
「私は確信しています
死も 生も 天使も 政府も
今あるものも これから来るものも
力も 高さも 深さも
ほかのどんな創造物も
主であるキリスト・イエスを
通して示される神の愛から
私たちを引き離すことはできません」
神の愛から私たちを引き離せないのです
エホバはご自分に仕える人たちが
一時的に墓に入るとしても
愛し続けます
エホバは今もアブラハム イサク
ヤコブを愛していますか
サラ リベカ ヨブ モーセ
ダニエルはどうですか
信仰を保って刑務所や強制収容所で
亡くなった人たちはどうですか
彼らを今でも愛していますか
もちろんです
新型コロナウイルスのために
最近亡くなった
大勢の兄弟姉妹のことも愛しています
あなたの亡くなったおばあさん
お父さん お姉さんを愛しています
忘れたりはされません
生き返らせてくださるのです
ですから 死に直面しても
喜びを保てます
パウロが剣によって殺されそうに
なっても喜べたのと同じようにです
次のビデオをご覧ください
ボーティ・マイケル・ドゥグベ兄弟は
死の脅威に直面しても
喜びを保てました
何が助けになったでしょうか
全てが崩壊する時
周りの全てが混沌としている時
唯一 確かなのはエホバとの関係です
私はボーティ・ドゥグべといいます
1980年にリベリアの
モンロビアで生まれました
戦争前の子供時代は
本当に良かったです
尊敬できる両親がいて
ちゃんとした家があり
いい学校に通っていました
9歳の時 一晩で全てが変わりました
反乱軍が政府を倒そうとしている
というニュースが流れました
それだけで人々は
パニックになりました
店は次々に閉まり
街の明かりが消え
電気や水道など全てが止まりました
その後の数年は本当に不安定でした
1996年に再び全てが崩壊しました
全面戦争でした
今回 反乱軍は首都にいました
略奪が横行しました
あちこちで銃撃がありました
反乱軍は一緒に戦わない
人たちを拷問しました
そういう状況で人々は恐れ
パニックになります
怖くなった時 最善の対処法は
祈り エホバへの祈りです
今どうすべきかについて エホバに
具体的に尋ねるのです
戦闘が激しくなって
近くまで迫ってきたので
もう安全ではありませんでした
避難する必要があり
支部に逃げ込みました
兄弟たちはとても親切で
よく世話してくれました
集会や奉仕を続けられる
ようにしてくれました
今思うと生き延びられたのは
感謝でしかありません
2つのことに助けられました
まず エホバとの関係です
それは安定を保つのに不可欠です
また 生き延びられたのは
兄弟姉妹からの助けの
おかげでもあります
そうした試練のときには兄弟関係が
どれほど大切かを実感します
ベテルのオーディオ・ビデオサービスで
奉仕できることに
大きな喜びを感じています
一緒に働く兄弟姉妹を愛しています
私が今生きて毎日奉仕できるのは
全てエホバのおかげです
このビデオを見ると 命のはかなさを
実感させられます
ドゥグベ兄弟が 死の危険に
直面しても喜びを保つ上で
何が助けになりましたか
エホバとの絆です
仲間の兄弟姉妹も聖書の勉強や
集会や奉仕を続けられるよう
助けてくれました
それによって希望を保てました
初期クリスチャンや
現代のエホバの証人の中には
信仰のために亡くなった人たちがいます
私たちもそうなる可能性がありますか
あります
私たちは今の体制で問題を
避けることはできません
病気や事故 終わりの時代における
さまざまな問題のために
命を落とす可能性があります
新しい世界が来る前に
命を失うかもしれません
実際に多くの兄弟姉妹が亡くなりました
あるいは大患難を生きて
通過できるかもしれません
いずれにしても
エホバに最後まで忠実を保つことを
決意していなければなりません
「終わりまで耐え忍んだ人が救われます」
自分が生きているうちに新しい
世界が来ると思っている人は
もしかすると死ぬまで忠実を保つ
覚悟ができていないかもしれません
一方 自分が生きているうちに
大患難は来ないと考えている人は
大患難への備えができている
とは言えないでしょう
新しい世界がいつ来る
としても大切なのは
信仰を保ち 目覚めていることです
イエスはこう言いました
「それで ずっと見張っていなさい
主がどの日に来るかを
知らないからです」
このシンポジウムでは
パウロがローマ 8:35で言い表した
強い確信について
考えることができました
どんなことを学びましたか
ローマ 8:35-39を通して
どんな試練もエホバの愛から私たちを
引き離せないことを学びました
エホバに認められ 愛されている
ことを忘れないでいるなら
喜びを保てます
災難 苦難 迫害 飢え 裸
危険 剣などに遭ってもです
私たちを深く愛しているエホバとの絆を
これからも強めていきましょう
個人研究と祈りによって
エホバへの信頼を強めましょう
エホバが愛してくれているという
確信を保ちましょう
兄弟姉妹との関係を大切にし
友情を深めてください
希望をしっかり見つめ 将来の
真の命について思い巡らしましょう
最後にコロサイ 1:11にある
パウロの祈りに注目したいと思います
このシンポジウムで学んだ
3つの助けを活用するなら
パウロのようにどんな試練に
遭っても喜びを保てます
コロサイ 1:11の励みとなる
言葉を読みましょう
皆さんが「神の偉大な力によって
十分に強くなり⋯⋯ますように」
「神の偉大な力によって」
どれほど強くなれるでしょうか
聖書を読むと エホバが
最も強力な力である
聖なる力によって何を行ってきたか
これから何を行うかが分かります
エホバがその力を与えて
くださるのは なぜですか
私たちが単に忍耐するため
ではありません
単にあらゆることを忍耐するため
でもありません
単にあらゆることを忍耐し
辛抱するためでもありません
聖句にある通り 私たちが
「あらゆることを忍耐し
辛抱しつつ喜[ぶ]」ためです
この保証の言葉の通り
どんなに難しい試練に遭っても
それがどれほど長く続いても
忍耐することができます
お父さんエホバがずっと
愛し続けてくださるので
いつも いつまでも
喜ぶことができるのです
兄弟たち ありがとうございました
喜びを保てるようエホバが
助けてくださっていることに
感謝したいと思います
では ご一緒に起立して
9番の歌 「エホバは王!」 を
歌いましょう
9番 「エホバは王!」 です