ジェームズ・マンツ: 慰め合って大変な時代を忍耐していきましょう
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この話の主題聖句である00:00:03
00:00:03
コリント第二 1:3, 4を読んでみましょう00:00:07
00:00:07
「私たちの主イエス・キリストの父である
神が賛美されますように00:00:12
00:00:12
神は 温かな憐れみの父
あらゆる慰めの神であり00:00:17
00:00:17
私たちがどんな試練に遭うとしても
慰めてくださいます00:00:21
00:00:21
それで私たちは 神からの慰めにより00:00:25
00:00:25
どんな試練に遭う人をも
慰めることができます」00:00:29
00:00:29
私たちは生まれた時から
慰めを必要としています00:00:34
00:00:34
おなかがすいていたり
抱っこしてほしかったりして00:00:37
00:00:37
初めて泣いた時のことは
覚えておられないと思いますが00:00:41
00:00:41
最近慰めてほしいと
思った時のことはどうでしょうか00:00:45
00:00:45
今まさに慰めが必要だという方も
少なくないことでしょう00:00:50
00:00:50
詩編 90:10の次の言葉の通り00:00:54
00:00:54
私たちの人生にはつらいことが
付きものだからです00:00:58
00:00:58
「私たちの寿命は70年
丈夫な人でも80年です00:01:03
00:01:03
人生は悩みと悲しみであふれています00:01:07
00:01:07
瞬く間に過ぎ 私たちは
いなくなってしまいます」00:01:11
00:01:11
私たちはいろんな理由で悩みや悲しみ00:01:16
00:01:16
落胆や痛みを経験します00:01:19
00:01:19
そういう問題の中には00:01:21
00:01:21
不完全であるために誰もが
経験するものもあります00:01:25
00:01:25
みんな病気になったり 年を取ったり
大切な人を亡くしたりします00:01:32
00:01:32
必ずしもみんなが経験するわけではない
つらい出来事もあります00:01:37
00:01:37
事故 経済的な問題00:01:40
00:01:40
夫婦関係の破綻 自然災害00:01:44
00:01:44
虐待や犯罪の被害に遭うこと00:01:47
00:01:47
政情不安 戦争などです00:01:51
00:01:51
クリスチャンとして生活する中で
つらい経験をすることもあります00:01:56
00:01:56
家族が異なる信仰を持っていたり00:01:59
00:01:59
迫害に遭って投獄されたり00:02:02
00:02:02
学校や職場で信仰をばかにされたり
するかもしれません00:02:07
00:02:07
家族や友達がエホバから離れてしまう
ということもあります00:02:13
00:02:13
重大な罪を犯して悔い改めた人も
慰めを必要とします00:02:19
00:02:19
このように 私たちが直面する問題は
さまざまですが00:02:25
00:02:25
私たちみんな慰めを必要としています00:02:30
00:02:30
世界中のみんながです00:02:32
00:02:32
ペテロ第一 5:9にある通り00:02:36
00:02:36
「世界中にいる
信仰で結ばれた兄弟たちが00:02:40
00:02:40
同じような苦しみを経験しています」00:02:43
00:02:44
でも 私たちを慰めてくださる方がいます00:02:48
00:02:48
6, 7節にこうあります00:02:51
00:02:51
「神の力強い手の下で
謙遜になってください00:02:54
00:02:54
そうすれば 神はやがて
皆さんを重んじてくださいます00:02:59
00:02:59
そして 心配事を全て神に委ねましょう00:03:02
00:03:02
神は優しく気遣ってくださるからです」00:03:05
00:03:05
エホバだけが いつでも
何があっても慰めてくれます00:03:10
00:03:10
モーセはどんな問題にぶつかっても00:03:13
00:03:13
エホバが支え 慰めてくれると
確信していました00:03:18
00:03:18
その確信を申命記 33:27で
こう表現しています00:03:25
00:03:25
「神は昔から避難所であり00:03:27
00:03:27
神の永遠の腕があなたを支える」00:03:31
00:03:32
落ち込んで立ち上がれないと感じるとき00:03:35
00:03:35
エホバは腕で私たちを支え
優しく抱き上げてくれます00:03:40
00:03:40
また立てるようにしてくれるのです00:03:44
00:03:44
詩編の中では 優しく気遣い
慰めてくれるエホバへの感謝が00:03:49
00:03:49
度々表現されています00:03:52
00:03:52
例えば 詩編 94:19にはこうあります00:03:57
00:03:57
「心配事で圧倒されそうな時00:03:59
00:03:59
あなたは私を安心させ
落ち着かせてくださった」00:04:04
00:04:04
ローマ 15:4にもこうあります00:04:07
00:04:07
「以前に書かれた事柄は皆
私たちを教えるために書かれました00:04:11
00:04:11
そのおかげで私たちは忍耐でき00:04:14
00:04:14
聖書から慰めを得られるので
希望を持っていられます」00:04:19
00:04:19
どんな問題にぶつかるときも
聖書の言葉が慰めになります00:04:25
00:04:25
「クリスチャンのための聖句ガイド」の
「心の支え」というトピックには00:04:30
00:04:30
それぞれの状況で励みになる聖句が
挙げられています00:04:34
00:04:34
エホバが優しく気遣ってくれるという
ことを思い出させてくれる聖句もあれば00:04:40
00:04:40
同じような問題に直面し00:04:42
00:04:42
エホバに支えてもらった
聖書中の人物の例もあります00:04:47
00:04:49
エホバに慰めてもらうために 慰めて
ほしいとお願いすることができます00:04:54
00:04:54
エホバがどのように祈りを聞いて答えて
くれるかということに感動したダビデは00:05:00
00:05:00
詩編 145編で
エホバを賛美しています00:05:04
00:05:04
18, 19節を読んでみましょう00:05:07
00:05:07
「エホバは ご自分に呼び掛ける
全ての人の近くにいる00:05:11
00:05:11
ご自分に誠実に呼び掛ける
全ての人の近くにいる00:05:16
00:05:16
神はご自分を畏れる人の願いを
かなえてくださる00:05:19
00:05:20
助けを求める叫びを聞き
助け出してくださる」00:05:24
00:05:24
子供が泣いて助けを求めるときに
いつでも手を差し伸べる親のように00:05:29
00:05:29
エホバは私たちが助けを
求めて祈るときに00:05:33
00:05:33
必ず寄り添ってくれます00:05:35
00:05:36
サムエル第一 1章と2章には00:05:39
00:05:39
ハンナが子供がいないことでつらく感じ00:05:42
00:05:42
食事が喉を通らないほど「非常に
苦しんでい[た]」ことが書かれています00:05:48
00:05:48
崇拝のために幕屋に行っていた時00:05:51
00:05:51
ハンナはあまりのつらさに
「祈って激しく泣きだし[まし]た」00:05:57
00:05:57
エホバは謙虚なハンナの祈りを
聞き届けました00:06:02
00:06:02
祈った後 ハンナは
「そこを離れて 食事をした00:06:06
00:06:06
もう沈んだ顔ではなかった」
と書かれています00:06:10
00:06:10
私たちがつらい気持ちを祈りで
エホバに話すとき00:06:14
00:06:14
エホバは同じように慰めてくれます00:06:17
00:06:18
聖書には慰めについて
たくさんのことが書いてあります00:06:23
00:06:24
この話の主題聖句である00:06:26
00:06:26
コリント第二 1:3, 4を
もう一度読んでみましょう00:06:31
00:06:31
この聖句から
自分自身が大変な状況にいて00:06:36
00:06:36
つらい思いをしているときでも00:06:38
00:06:39
周りの人を慰めることができる
ということが分かります00:06:44
00:06:44
コリント第二 1:3, 400:06:47
00:06:48
「私たちの主イエス・キリストの父である
神が賛美されますように00:06:53
00:06:53
神は 温かな憐れみの父00:06:56
00:06:56
あらゆる慰めの神であり00:06:59
00:06:59
私たちがどんな試練に遭うとしても
慰めてくださいます00:07:03
00:07:03
それで私たちは 神からの慰めにより00:07:07
00:07:07
どんな試練に遭う人をも
慰めることができます」00:07:11
00:07:11
「温かな憐れみ」という表現は00:07:14
00:07:14
つらい思いをしている人を思いやって
掛ける言葉と関係があります00:07:19
00:07:19
エホバは ご自分に仕える人が
大変な思いをするとき00:07:23
00:07:23
温かく寄り添ってくれるのです00:07:26
00:07:27
パウロはエホバが「あらゆる慰めの神」
だとも言っています00:07:32
00:07:32
慰めの源はエホバだということです00:07:36
00:07:37
4節にある通り エホバは兄弟姉妹を
通しても慰めてくれます00:07:42
00:07:42
これは本当に素晴らしいことです00:07:45
00:07:45
4節をもう一度読んでみましょう00:07:47
00:07:47
「[エホバは]私たちがどんな試練に
遭うとしても慰めてくださいます00:07:54
00:07:54
それで私たちは 神からの慰めにより00:07:58
00:07:58
どんな試練に遭う人をも
慰めることができます」00:08:03
00:08:03
神から慰めてもらうことで00:08:06
00:08:06
自分も周りの人を慰められるように
なるということです00:08:11
00:08:11
私たちは神に似た者として
造られています00:08:15
00:08:15
自分がしてもらったと同じように
人を慰められるよう00:08:19
00:08:19
エホバは聖なる力で助けてくれます00:08:22
00:08:22
それで私たちみんな
人を慰めることができます00:08:27
00:08:27
慰める側と慰められる側に
分かれてはいません00:08:32
00:08:32
自分自身が慰めてほしいと
思うような状況にいても00:08:36
00:08:36
人を慰めるのは大事なことです00:08:40
00:08:40
どのようにできるでしょうか00:08:42
00:08:42
パウロのことを考えてみましょう00:08:44
00:08:44
ローマで最初に拘禁されていた時に00:08:48
00:08:48
パウロはたくさんの兄弟たちが00:08:50
00:08:50
「とても慰めてくれてい[る]」
と書きました00:08:54
00:08:54
コロサイ 4章の中で そのうち
何人かの名前を挙げています00:08:59
00:08:59
アリスタルコ テキコ マルコなどです00:09:04
00:09:04
この3人については 今月の
ブロードキャスティングでさらに学べます00:09:09
00:09:09
パウロは自分の所に来て
温かい言葉を掛けたり00:09:14
00:09:14
サポートしたりしてくれる兄弟たちに
感謝していました00:09:18
00:09:18
でも 助けられてばかりでは
いませんでした00:09:22
00:09:22
拘禁されている間も
やって来る人たちを力づけたり00:09:26
00:09:26
各地の会衆を励ますために
手紙を書いたりしました00:09:31
00:09:32
南アフリカのクロディーンという姉妹は
パウロの手本に倣いました00:09:37
00:09:37
姉妹は大きな手術を受けましたが00:09:40
00:09:40
パンデミックの影響でお見舞いに
来られる人が誰もいませんでした00:09:45
00:09:45
でも 姉妹は自分のことばかり
くよくよ考えるのはやめようと思い00:09:51
00:09:51
人を助けるための力を
下さいと祈りました00:09:55
00:09:55
そして 以前にレッスンをしていた人と
連絡を取ります00:09:59
00:09:59
その人はレッスンを再開し
オンラインで集会にも参加します00:10:04
00:10:04
クロディーンはその後
その人の妹さんともレッスンを始め00:10:08
00:10:08
聖書に関心のある人を
さらに4人紹介してもらいます00:10:13
00:10:13
姉妹は病気で大変な中でも
人を慰めることに思いを向けていたので00:10:18
00:10:18
最終的に16人と聖書レッスンを
始められました00:10:23
00:10:24
つらい状況にいると
助けを差し伸べられても00:10:28
00:10:28
受け入れる気になれない
ということがあるかもしれません00:10:31
00:10:31
例えば モーセが民に00:10:33
00:10:33
エホバがエジプトから
救い出してくださると伝えた時00:10:37
00:10:37
民は初め「落胆しており⋯⋯
耳を傾け[ませんでし]た」00:10:42
00:10:42
希望を持てるようになるまでに
時間がかかりました00:10:46
00:10:46
ナオミのことも考えてみましょう00:10:48
00:10:48
ナオミはイスラエルで起きた飢饉のため
外国に行かなければなりませんでした00:10:54
00:10:54
その後 夫と2人の息子を亡くしました00:10:58
00:10:58
イスラエルに帰ってきたナオミを見た時00:11:01
00:11:01
ベツレヘムの女性たちは「あの人は
本当にナオミなの?」と言いました00:11:06
00:11:06
エホバが自分につらい経験をさせている
と思っていたナオミはこう答えます00:11:12
00:11:12
「私を[「私の快さ」という意味の]
ナオミではなく マラと呼んでください00:11:19
00:11:19
全能者は私にとても苦い経験を
させたからです」00:11:23
00:11:23
でもナオミは 神の民と一緒に過ごし
助けを受け入れます00:11:28
00:11:29
つらい気持ちは和らぎ
喜びを取り戻せました00:11:33
00:11:33
つらいとき 一人になりたいと
思うのは自然なことですが00:11:38
00:11:38
自分を孤立させないようにしましょう00:11:41
00:11:41
簡単なことではありませんが
多くの兄弟姉妹が経験してきた通り00:11:46
00:11:46
仲間と一緒に過ごすようにするなら00:11:48
00:11:48
エホバが兄弟姉妹を通して
慰めてくれます00:11:52
00:11:52
兄弟姉妹は温かい言葉を掛けたりして
優しく助けてくれるでしょう00:11:58
00:11:59
エホバに慰めてもらったという
経験をすると00:12:02
00:12:02
自分も人を慰めたいという
気持ちになります00:12:06
00:12:06
そうするための1つ目のステップは00:12:09
00:12:09
自分の周りで誰が助けを必要と
しているかによく気を配ることです00:12:15
00:12:16
助けが必要なことが
すぐに分かる場合もあります00:12:20
00:12:20
事故に遭ったり 仕事を失ったり00:12:24
00:12:24
家族や友達を亡くしたりした人が
いるかもしれません00:12:28
00:12:28
一方 つらい思いをしていることが
すぐには分からない場合もあります00:12:33
00:12:33
仲間の様子や表情が
いつもと違うということに00:12:37
00:12:37
気付くことがあるかもしれません00:12:40
00:12:40
そういうときは
詮索しないようにしつつ00:12:44
00:12:44
優しく声を掛けて
話を聞くことができます00:12:48
00:12:48
自分の気持ちをすぐには
話したくないと思う人もいるので00:12:52
00:12:52
辛抱強さが大切です00:12:55
00:12:55
2つ目のステップは 祈りながら
自分に何ができるか考えることです00:13:02
00:13:02
その人がつらく感じる原因をなくして
あげることはできないかもしれません00:13:07
00:13:07
奥さんを亡くした経験ある宣教者は
こう言っています00:13:11
00:13:11
「悲しみをなくす方法じゃなくて
付き合っていく方法が知りたいんです」00:13:17
00:13:17
大事なのは 格言 3:27の
次のアドバイスに従うことです00:13:23
00:13:23
「あなたに助ける力があるときに00:13:26
00:13:26
善を行うべき相手に
そうせずにいてはならない」00:13:31
00:13:31
何と声を掛けたらいいのか分からなくて00:13:34
00:13:34
ためらってしまうことも
あるかもしれません00:13:37
00:13:37
聖書中で「慰め」と訳されている
ギリシャ語に00:13:40
00:13:40
どんな意味があるか考えてみてください00:13:43
00:13:43
その言葉には「自分のそばに
呼び寄せること」という意味があります00:13:48
00:13:48
助けになりたいという
気持ちを表しましょう00:13:52
00:13:52
これが3つ目のステップです00:13:54
00:13:54
立派なことを言わなきゃとは
考えないでください00:13:58
00:13:58
気に掛けてくれる人
そばにいてくれる人がいるだけで00:14:02
00:14:02
大きな力になるものです00:14:04
00:14:04
その人が誰かに話を聞いて
ほしいと思っているなら00:14:08
00:14:08
時間を取って温かく聞きましょう00:14:11
00:14:11
一緒に聖句を読むときには00:14:13
00:14:14
その人のことをエホバがどう思って
いるかが伝わるようにしましょう00:14:19
00:14:19
どんなふうに助けられるか
悩み過ぎないでください00:14:23
00:14:23
大事なのは その人がつらい思いを
していることを理解し00:14:27
00:14:27
気持ちに寄り添うことです00:14:29
00:14:29
世界本部で奉仕しているある姉妹は
パンデミック中にご両親を亡くしました00:14:36
00:14:36
お母さんがいたホスピスでの
長い1日を終えて家に帰ると00:14:40
00:14:40
仲間のベテル奉仕者が届けてくれた
果物がたくさん入った籠がありました00:14:46
00:14:46
姉妹はこう言っています00:14:49
00:14:49
「一番うれしかったのは
果物そのものでも00:14:53
00:14:53
かわいい飾り付けでもなく00:14:55
00:14:55
私のことを気に掛けてくれている
ということでした00:15:00
00:15:00
人生の中でも特につらい時期に00:15:02
00:15:02
そんなふうに愛を示してもらえて
胸が熱くなりました」00:15:08
00:15:08
2011年3月に東日本を
地震と津波が襲った時00:15:13
00:15:13
国内外からの助けがすぐに
差し伸べられました00:15:18
00:15:18
2年半後 私は妻とその地域の
会衆を訪問したんですが00:15:24
00:15:24
ある会衆にはネパールからの
メッセージが届いていました00:15:29
00:15:29
別の会衆では フィリピンの言葉で
書かれたメッセージが00:15:32
00:15:32
張り出されているのを
見せてもらいました00:15:35
00:15:35
兄弟たちはこう言っていました00:15:38
00:15:38
「読むことはできませんが
何が書いてあるかは分かります」00:15:42
00:15:42
メッセージは短いものでしたが 日本の
兄弟姉妹はとても慰められました00:15:48
00:15:48
私たちの滞在の間に スーパー台風
ハイエンがフィリピンを襲いました00:15:54
00:15:54
日本の兄弟たちはそれを聞いて00:15:57
00:15:57
「今度は私たちが兄弟たちを
慰める番です」と言っていました00:16:03
00:16:03
この世界が終わりに向けて
悪くなっていくにつれて00:16:07
00:16:07
慰めが必要な状況は
ますます増えていくことでしょう00:16:11
00:16:11
エホバが「温かな憐れみの父」00:16:14
00:16:14
「あらゆる慰めの神」でいてくれる
ことに本当に感謝できますね00:16:20
00:16:20
エホバは私たちに 祈りや00:16:23
00:16:23
心温まる言葉がたくさん書かれた聖書00:16:26
00:16:26
愛情深い仲間といった
贈り物をくれました00:16:31
00:16:31
この大変な時代を忍耐する間00:16:34
00:16:34
こうしたものを通してエホバに
慰めてもらいつつ00:16:39
00:16:39
助けを必要としている人が
いないかよく気を配り00:16:43
00:16:43
どんなふうに助けになれるか考えて00:16:46
00:16:46
周りの人を慰めていきましょう00:16:50
ジェームズ・マンツ: 慰め合って大変な時代を忍耐していきましょう
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ジェームズ・マンツ: 慰め合って大変な時代を忍耐していきましょう
この話の主題聖句である
コリント第二 1:3, 4を読んでみましょう
「私たちの主イエス・キリストの父である
神が賛美されますように
神は 温かな憐れみの父
あらゆる慰めの神であり
私たちがどんな試練に遭うとしても
慰めてくださいます
それで私たちは 神からの慰めにより
どんな試練に遭う人をも
慰めることができます」
私たちは生まれた時から
慰めを必要としています
おなかがすいていたり
抱っこしてほしかったりして
初めて泣いた時のことは
覚えておられないと思いますが
最近慰めてほしいと
思った時のことはどうでしょうか
今まさに慰めが必要だという方も
少なくないことでしょう
詩編 90:10の次の言葉の通り
私たちの人生にはつらいことが
付きものだからです
「私たちの寿命は70年
丈夫な人でも80年です
人生は悩みと悲しみであふれています
瞬く間に過ぎ 私たちは
いなくなってしまいます」
私たちはいろんな理由で悩みや悲しみ
落胆や痛みを経験します
そういう問題の中には
不完全であるために誰もが
経験するものもあります
みんな病気になったり 年を取ったり
大切な人を亡くしたりします
必ずしもみんなが経験するわけではない
つらい出来事もあります
事故 経済的な問題
夫婦関係の破綻 自然災害
虐待や犯罪の被害に遭うこと
政情不安 戦争などです
クリスチャンとして生活する中で
つらい経験をすることもあります
家族が異なる信仰を持っていたり
迫害に遭って投獄されたり
学校や職場で信仰をばかにされたり
するかもしれません
家族や友達がエホバから離れてしまう
ということもあります
重大な罪を犯して悔い改めた人も
慰めを必要とします
このように 私たちが直面する問題は
さまざまですが
私たちみんな慰めを必要としています
世界中のみんながです
ペテロ第一 5:9にある通り
「世界中にいる
信仰で結ばれた兄弟たちが
同じような苦しみを経験しています」
でも 私たちを慰めてくださる方がいます
6, 7節にこうあります
「神の力強い手の下で
謙遜になってください
そうすれば 神はやがて
皆さんを重んじてくださいます
そして 心配事を全て神に委ねましょう
神は優しく気遣ってくださるからです」
エホバだけが いつでも
何があっても慰めてくれます
モーセはどんな問題にぶつかっても
エホバが支え 慰めてくれると
確信していました
その確信を申命記 33:27で
こう表現しています
「神は昔から避難所であり
神の永遠の腕があなたを支える」
落ち込んで立ち上がれないと感じるとき
エホバは腕で私たちを支え
優しく抱き上げてくれます
また立てるようにしてくれるのです
詩編の中では 優しく気遣い
慰めてくれるエホバへの感謝が
度々表現されています
例えば 詩編 94:19にはこうあります
「心配事で圧倒されそうな時
あなたは私を安心させ
落ち着かせてくださった」
ローマ 15:4にもこうあります
「以前に書かれた事柄は皆
私たちを教えるために書かれました
そのおかげで私たちは忍耐でき
聖書から慰めを得られるので
希望を持っていられます」
どんな問題にぶつかるときも
聖書の言葉が慰めになります
「クリスチャンのための聖句ガイド」の
「心の支え」というトピックには
それぞれの状況で励みになる聖句が
挙げられています
エホバが優しく気遣ってくれるという
ことを思い出させてくれる聖句もあれば
同じような問題に直面し
エホバに支えてもらった
聖書中の人物の例もあります
エホバに慰めてもらうために 慰めて
ほしいとお願いすることができます
エホバがどのように祈りを聞いて答えて
くれるかということに感動したダビデは
詩編 145編で
エホバを賛美しています
18, 19節を読んでみましょう
「エホバは ご自分に呼び掛ける
全ての人の近くにいる
ご自分に誠実に呼び掛ける
全ての人の近くにいる
神はご自分を畏れる人の願いを
かなえてくださる
助けを求める叫びを聞き
助け出してくださる」
子供が泣いて助けを求めるときに
いつでも手を差し伸べる親のように
エホバは私たちが助けを
求めて祈るときに
必ず寄り添ってくれます
サムエル第一 1章と2章には
ハンナが子供がいないことでつらく感じ
食事が喉を通らないほど「非常に
苦しんでい[た]」ことが書かれています
崇拝のために幕屋に行っていた時
ハンナはあまりのつらさに
「祈って激しく泣きだし[まし]た」
エホバは謙虚なハンナの祈りを
聞き届けました
祈った後 ハンナは
「そこを離れて 食事をした
もう沈んだ顔ではなかった」
と書かれています
私たちがつらい気持ちを祈りで
エホバに話すとき
エホバは同じように慰めてくれます
聖書には慰めについて
たくさんのことが書いてあります
この話の主題聖句である
コリント第二 1:3, 4を
もう一度読んでみましょう
この聖句から
自分自身が大変な状況にいて
つらい思いをしているときでも
周りの人を慰めることができる
ということが分かります
コリント第二 1:3, 4
「私たちの主イエス・キリストの父である
神が賛美されますように
神は 温かな憐れみの父
あらゆる慰めの神であり
私たちがどんな試練に遭うとしても
慰めてくださいます
それで私たちは 神からの慰めにより
どんな試練に遭う人をも
慰めることができます」
「温かな憐れみ」という表現は
つらい思いをしている人を思いやって
掛ける言葉と関係があります
エホバは ご自分に仕える人が
大変な思いをするとき
温かく寄り添ってくれるのです
パウロはエホバが「あらゆる慰めの神」
だとも言っています
慰めの源はエホバだということです
4節にある通り エホバは兄弟姉妹を
通しても慰めてくれます
これは本当に素晴らしいことです
4節をもう一度読んでみましょう
「[エホバは]私たちがどんな試練に
遭うとしても慰めてくださいます
それで私たちは 神からの慰めにより
どんな試練に遭う人をも
慰めることができます」
神から慰めてもらうことで
自分も周りの人を慰められるように
なるということです
私たちは神に似た者として
造られています
自分がしてもらったと同じように
人を慰められるよう
エホバは聖なる力で助けてくれます
それで私たちみんな
人を慰めることができます
慰める側と慰められる側に
分かれてはいません
自分自身が慰めてほしいと
思うような状況にいても
人を慰めるのは大事なことです
どのようにできるでしょうか
パウロのことを考えてみましょう
ローマで最初に拘禁されていた時に
パウロはたくさんの兄弟たちが
「とても慰めてくれてい[る]」
と書きました
コロサイ 4章の中で そのうち
何人かの名前を挙げています
アリスタルコ テキコ マルコなどです
この3人については 今月の
ブロードキャスティングでさらに学べます
パウロは自分の所に来て
温かい言葉を掛けたり
サポートしたりしてくれる兄弟たちに
感謝していました
でも 助けられてばかりでは
いませんでした
拘禁されている間も
やって来る人たちを力づけたり
各地の会衆を励ますために
手紙を書いたりしました
南アフリカのクロディーンという姉妹は
パウロの手本に倣いました
姉妹は大きな手術を受けましたが
パンデミックの影響でお見舞いに
来られる人が誰もいませんでした
でも 姉妹は自分のことばかり
くよくよ考えるのはやめようと思い
人を助けるための力を
下さいと祈りました
そして 以前にレッスンをしていた人と
連絡を取ります
その人はレッスンを再開し
オンラインで集会にも参加します
クロディーンはその後
その人の妹さんともレッスンを始め
聖書に関心のある人を
さらに4人紹介してもらいます
姉妹は病気で大変な中でも
人を慰めることに思いを向けていたので
最終的に16人と聖書レッスンを
始められました
つらい状況にいると
助けを差し伸べられても
受け入れる気になれない
ということがあるかもしれません
例えば モーセが民に
エホバがエジプトから
救い出してくださると伝えた時
民は初め「落胆しており⋯⋯
耳を傾け[ませんでし]た」
希望を持てるようになるまでに
時間がかかりました
ナオミのことも考えてみましょう
ナオミはイスラエルで起きた飢饉のため
外国に行かなければなりませんでした
その後 夫と2人の息子を亡くしました
イスラエルに帰ってきたナオミを見た時
ベツレヘムの女性たちは「あの人は
本当にナオミなの?」と言いました
エホバが自分につらい経験をさせている
と思っていたナオミはこう答えます
「私を[「私の快さ」という意味の]
ナオミではなく マラと呼んでください
全能者は私にとても苦い経験を
させたからです」
でもナオミは 神の民と一緒に過ごし
助けを受け入れます
つらい気持ちは和らぎ
喜びを取り戻せました
つらいとき 一人になりたいと
思うのは自然なことですが
自分を孤立させないようにしましょう
簡単なことではありませんが
多くの兄弟姉妹が経験してきた通り
仲間と一緒に過ごすようにするなら
エホバが兄弟姉妹を通して
慰めてくれます
兄弟姉妹は温かい言葉を掛けたりして
優しく助けてくれるでしょう
エホバに慰めてもらったという
経験をすると
自分も人を慰めたいという
気持ちになります
そうするための1つ目のステップは
自分の周りで誰が助けを必要と
しているかによく気を配ることです
助けが必要なことが
すぐに分かる場合もあります
事故に遭ったり 仕事を失ったり
家族や友達を亡くしたりした人が
いるかもしれません
一方 つらい思いをしていることが
すぐには分からない場合もあります
仲間の様子や表情が
いつもと違うということに
気付くことがあるかもしれません
そういうときは
詮索しないようにしつつ
優しく声を掛けて
話を聞くことができます
自分の気持ちをすぐには
話したくないと思う人もいるので
辛抱強さが大切です
2つ目のステップは 祈りながら
自分に何ができるか考えることです
その人がつらく感じる原因をなくして
あげることはできないかもしれません
奥さんを亡くした経験ある宣教者は
こう言っています
「悲しみをなくす方法じゃなくて
付き合っていく方法が知りたいんです」
大事なのは 格言 3:27の
次のアドバイスに従うことです
「あなたに助ける力があるときに
善を行うべき相手に
そうせずにいてはならない」
何と声を掛けたらいいのか分からなくて
ためらってしまうことも
あるかもしれません
聖書中で「慰め」と訳されている
ギリシャ語に
どんな意味があるか考えてみてください
その言葉には「自分のそばに
呼び寄せること」という意味があります
助けになりたいという
気持ちを表しましょう
これが3つ目のステップです
立派なことを言わなきゃとは
考えないでください
気に掛けてくれる人
そばにいてくれる人がいるだけで
大きな力になるものです
その人が誰かに話を聞いて
ほしいと思っているなら
時間を取って温かく聞きましょう
一緒に聖句を読むときには
その人のことをエホバがどう思って
いるかが伝わるようにしましょう
どんなふうに助けられるか
悩み過ぎないでください
大事なのは その人がつらい思いを
していることを理解し
気持ちに寄り添うことです
世界本部で奉仕しているある姉妹は
パンデミック中にご両親を亡くしました
お母さんがいたホスピスでの
長い1日を終えて家に帰ると
仲間のベテル奉仕者が届けてくれた
果物がたくさん入った籠がありました
姉妹はこう言っています
「一番うれしかったのは
果物そのものでも
かわいい飾り付けでもなく
私のことを気に掛けてくれている
ということでした
人生の中でも特につらい時期に
そんなふうに愛を示してもらえて
胸が熱くなりました」
2011年3月に東日本を
地震と津波が襲った時
国内外からの助けがすぐに
差し伸べられました
2年半後 私は妻とその地域の
会衆を訪問したんですが
ある会衆にはネパールからの
メッセージが届いていました
別の会衆では フィリピンの言葉で
書かれたメッセージが
張り出されているのを
見せてもらいました
兄弟たちはこう言っていました
「読むことはできませんが
何が書いてあるかは分かります」
メッセージは短いものでしたが 日本の
兄弟姉妹はとても慰められました
私たちの滞在の間に スーパー台風
ハイエンがフィリピンを襲いました
日本の兄弟たちはそれを聞いて
「今度は私たちが兄弟たちを
慰める番です」と言っていました
この世界が終わりに向けて
悪くなっていくにつれて
慰めが必要な状況は
ますます増えていくことでしょう
エホバが「温かな憐れみの父」
「あらゆる慰めの神」でいてくれる
ことに本当に感謝できますね
エホバは私たちに 祈りや
心温まる言葉がたくさん書かれた聖書
愛情深い仲間といった
贈り物をくれました
この大変な時代を忍耐する間
こうしたものを通してエホバに
慰めてもらいつつ
助けを必要としている人が
いないかよく気を配り
どんなふうに助けになれるか考えて
周りの人を慰めていきましょう
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