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JW Broadcasting 2026年5月

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JW Broadcasting®へようこそ
今月は エホバが優しいお父さんで
あることについて考えます
エホバの家族でいられる素晴らしさを
かみしめられる内容です
どんな大変なことがあっても
天のお父さんエホバから
決して離れなかった
姉妹のインタビューもあります
「宝を探そう」では
ナホム書を調べます
今月から新しいシリーズが
2つ始まります
1つ目では 全時間奉仕をすると
エホバからどんな素晴らしい
トレーニングを
受けられるかが取り上げられます
2つ目のシリーズでは
いろいろな奉仕の裏側に迫ります
今月も盛りだくさんです
どうぞお楽しみください
「お父さん」という言葉を聞くと
どんなイメージが浮かびますか
家族思いで優しくて
頼りになる存在でしょうか
それとも暴力的で
家族をほったらかしにする
怖い存在でしょうか
それは自分の父親がどんな人かによって
変わってくるかもしれません
いずれにしても「お父さん」というのは
私たちにとって特別な言葉です
聖書の中で エホバが天のお父さん
として描かれているからです
エホバにはいろんな称号がありますが
イエスは「父」という言葉を
よく使いました
エホバがお父さんと思ってほしい
と思っていることが分かります
イエスにもいろんな呼び方があります
「優れた働き手」とか「言葉」とか
「天使長ミカエル」などです
でも 何よりも「神の子」として
知られています
エホバは私たちのことも
不完全であっても
イエスの贖いの犠牲に基づいて
自分の子供と見てくれています
私たちと親子のような深くて強い絆を
持ちたいと思ってくれているんですね
エホバが自分のことを
「父親」と言っているのは
私たちと家族でいたいと
思っているからです
温かい気持ちになりますね
イザヤ 64:8に注目してみましょう
「しかし エホバ
あなたは私たちの父です
私たちは粘土で あなたは陶芸家です
私たちは皆 あなたの手で
造られたのです」
「エホバ あなたは私たちの父です」
本当にいいフレーズですね
人間の父親にはいろんな人がいますが
エホバは最高のお父さんです
エホバがお父さんであるというのは
聖書の中で繰り返されている
大切なメッセージの1つです
なんと福音書だけでも イエスが
エホバを「父」と呼んでいる例が
160回以上記録されています
エホバと私たちは家族だ
ということがよく分かります
エホバがどんなお父さんで
私たちのことをどれほど愛して
くれているかを理解すればするほど
エホバをお父さんとして もっと愛し
信頼できるようになります
ではここで エホバと私たちを
つなぐものは何か考えてみましょう
まず 創世記 1:26を読んでみましょう
その聖句には 人間を創造するにあたり
エホバがイエスに何と言ったかが
書かれています
26節前半にはこうあります
「神は言った
『私たちに似た者として人を造ろう』」
私たちは神に似た者として造られました
親子は普通似ていますよね
では エホバと私たちは
どこが似ているんでしょうか
エホバは目に見えない方なので
もちろん見た目ではありません
似ているのは内面です
エホバがどんな方か
ヨハネ第一 4:8を読んでみましょう
4章8節
「愛さない人は 神をよく知りません
神は愛だからです」
エホバには魅力的なところが
たくさんありますが
一番際立っているのは愛です
エホバは家族思いの
愛にあふれたお父さんです
神の子として神に似せて
造られた私たちは
エホバを愛し エホバの愛を
受け止めることができます
そういうところが似ているんですね
それで エホバと私たちをつなぐのは
ほかでもなく愛です
これから3つ大切なことを考えます
エホバが愛にあふれた最高のお父さんだ
と言える3つの理由です
まず エホバは優しく気遣ってくれます
ペテロ第一 5:7にはこうあります
「心配事を全て神に委ねましょう
神は優しく気遣ってくださるからです」
気遣いを表す方法はいろいろあります
例えば 物やお金をあげたり
することができます
でも 天のお父さんエホバが
してくれるのは
そういうことだけではありません
コリント第二 1:3, 4を
読んでみましょう
「私たちの主イエス・キリストの
父である神が賛美されますように
神は 温かな憐れみの父
あらゆる慰めの神であり
私たちがどんな試練に遭うとしても
慰めてくださいます」
「温かな憐れみの父
あらゆる慰めの神」とありましたね
エホバは私たちが生活していくのに
必要なものを与える以上の
ことをしてくれるんです
私たちの気持ちに
いつも寄り添ってくれます
慰めてくれます
私たちの心や体や信仰のことを
気に掛けてくれます
例えで考えてみましょう
けがをして病院に行ったとします
先生から「しばらく治療が必要だけど
しっかり診るからね」と
言ってもらえたら安心しますね
でも その先生が自分の父親だったら
どうでしょうか
あなたはその先生にとって
一番大切な患者さんになります
仕事として治療するだけでなく
お父さんとして毎日
気遣ってくれることでしょう
けがをして不安だった気持ちは
どこかに行って
本当に心強く感じるはずです
エホバはそういうお父さんのようです
腕のいいお医者さんが
治療するかのように
やがて私たちの痛みや苦しさを
全部取り除いてくれます
でもそれだけではありません
今でも いわば一対一で向き合って
大切にしてくれます
終わりが来るまでの間も
その後もずっと毎日毎日
気遣ってくれます
皆さんもこれまで
エホバの気遣いや慰めを感じたことが
あるんじゃないでしょうか
エホバの家族である 会衆の
兄弟姉妹から優しくしてもらって
じーんときたことがありませんか
聖書を読んでいてエホバの愛を感じたり
ある聖句のおかげで
エホバの約束への信仰が強まったり
したことがあるかもしれません
そうやってエホバが気遣ってくれるのは
私たちを愛しているからです
エホバの愛は永遠に変わらないので
エホバの気遣いもずっと続きます
2つ目の理由を考えましょう
エホバが愛にあふれた最高の
お父さんだと言える別の理由は
何でも話せる雰囲気を
つくってくれていることです
良いコミュニケーションは
家族の幸せに欠かせません
一緒にご飯を食べる時とかに
その日にあったことを
いろいろ話したりしますよね
先ほどの聖句にも「心配事を全て
神に委ね」るようにとありました
でも 天にいるエホバにどうやって
気持ちを伝えたらいいんでしょうか
祈りの中で伝えられます
エホバには自分の気に掛かって
いることを何でも話せます
心配なこと うれしいこと
これからやりたいと思っていること
感謝していること 全部です
エホバはそうやって私たちが話すことを
お父さんとしてじっくり聞いてくれます
でも ただ黙って聞くだけでなく
私たちの祈りに答えてくれます
エホバは自分の考えていることを
聖書に記録させました
それで 聖書を読んでよく考え
「忠実で思慮深い奴隷」が
準備しているものを
じっくり味わうようにしましょう
そうする時 エホバは聖なる力を使って
今私たちに教えたいことに
私たちが気付けるよう助けてくれます
また エホバは兄弟姉妹を使って
祈りに答えることもあれば
エホバの証人でない人を
使うこともあります
祈りの答えに敏感に
気付けるようでありたいですね
祈りがどう聞かれたかを
メモしておくのも いいかもしれません
でも なかなか自分の祈りが
聞かれていないように
感じることがあるでしょうか
自分の祈りがなんだか
後回しにされているように
感じることさえあるかもしれません
でも そんなことはありません
ただ エホバのタイミングを待つ必要が
あるのかもしれません
もしくは 願っているのとは違う方法で
すでに祈りが聞かれている
可能性もあります
例えで考えてみましょう
ある家族が車でおじいちゃん
おばあちゃんの家に向かっています
そこまでは10時間かかる予定です
そういう時子供たちは
「まだ着かないの?」とよく言いますよね
目的地に早く着きたい
と思うのは当然のことです
でも かかる時間を
短くすることはできません
そういう時は いらいらするよりも
ドライブを楽しむ方がいいですね
私たちも終わりが早く来てほしい
と思っています
正直 今日来てほしいと祈ったことも
あるかもしれません
いわばエホバに「まだなの?」と
言っているようなものです
終わりが来ることを願うのは
良いことです
でもエホバのタイミングを待つ
必要があります
先ほどの子供たちと同じようにです
子供たちは自分たちだけで
旅をしていたわけではありませんでした
親も一緒でしたね
新しい世界に向かう私たちの旅にも
エホバが一緒にいてくれることを
覚えていましょう
エホバが決めたタイミングで
終わりが来ます
クリスチャンの活動で
忙しくしているなら
時間がたつのも早く感じることでしょう
また 祈りの内容によっては
エホバからノーと言われているように
感じることもあるかもしれません
人間の親も愛の気持ちから 子供に
ノーと言うことがありますよね
パウロのことを考えてみましょう
パウロは「体に1つのとげを刺され」て
とても苦しい思いをしていました
ほかの人のために奇跡を起こす力は
与えられていたのに
自分の「とげ」をなくしてほしいと
「3度」お願いした時の
エホバの答えはノーでした
エホバは「私はあなたに
惜しみない親切を
すでに十分に示している」と言いました
そして とげを取り除くのではなく
頑張り続ける力を与えました
今でも私たちに 試練の中でも
頑張り続ける力を与えてくれています
そうやって忍耐するなら
エホバを愛する気持ちが本物だ
ということを証明できます
エホバが祈りに答えてくれるのを
辛抱強く待たなければいけない時も
祈りの答えがノーの時も
エホバの愛を疑わないでください
ヨハネ 14:21を開いて
読んでみましょう
イエスはエホバの愛について
こう言いました
「私のおきてを受け入れて
それに従う人は私を愛しています
[次に注目です]さらに
私を愛する人は父に愛されます」
イエスに見習おうと努力するなら
エホバは私たちを愛してくれます
エホバの愛は口先だけのものではなく
心からのものです
そんな愛情深いお父さんに何でも
話せるというのは素晴らしいことですね
ではもう1つ エホバが
愛にあふれたお父さんである
と言える理由を考えましょう
家族のために一生懸命に
働いてくれているということです
子育てはやりがいのある仕事ですが
大変なこともあります
子供がいい子であってもです
私たちも子供の頃 親の仕事を増やして
しまったことがあるかもしれません
親は子供のためにいろんなことをします
衣食住を備えたり 一緒に遊んだり
お医者さんに連れていったり
いろんなことを教えたり
しつけたりします
「しつけ」と聞くと もしかすると
罰を与えるみたいなネガティブな
イメージがあるかもしれません
でも聖書によると しつけとは主に
正しいことができるよう導いて
トレーニングしてあげることで
必要であれば良くないところを
正してあげたりすることも含まれます
しつけは子供の成長に
欠かせないものです
エホバは私たちにいつまでも幸せに
生きてほしいと思っているので
親が子供をしつけるかのように
私たちを導き トレーニングし
良くないところがあれば
直せるように助けてくれます
聖書や「忠実で思慮深い奴隷」が
準備したものや
会衆の経験を積んだ仲間を通して
気付かせてくれます
そうやってクリスチャンとして
成長できるよう助けてくれるんです
親の役割を果たすのは
簡単なことではありません
でも親の皆さんは楽しみながら
よくやっておられますね
エホバはそういう頑張りを
よく分かっています
エホバ自身も天のお父さんとして
一生懸命に働いています
ずっと昔からそうしてきました
エホバが造ったものについて
考えてみてください
美しい夕焼け おいしいご飯
爽やかな音楽
いい香りのするお花
たくさんありますね
家族や友達 エホバとの絆を
育めるようにもしてくれました
こうしたものは全部 天のお父さん
エホバからの贈り物です
エホバは子供のことが大好きな
働き者のお父さんです
この話の冒頭で
「お父さん」という言葉を聞くと どんな
イメージが湧くかをお尋ねしました
それは大抵 どんな父親に育てられたか
によるということでしたね
でも中には父親のいない家庭で
育った方もいることでしょう
そんな皆さんにお読みしたい
聖句があります
詩編 68:5
エホバの愛が伝わってくる聖句です
「孤児[または
「父親のいない子供」]の父
やもめを保護する方
それは聖なる住まいにいる神」
エホバは天の「聖なる住まい」から
父親のいない皆さんのことを見ていて
大切な家族として気遣ってくれている
ということです
聖句には「孤児の父
やもめを保護する方
それは⋯⋯神」とありましたね
エホバがこう言って
くれているかのようです
「私はそういう神なんだよ
父親がいなくて いろんな苦労が
あるかもしれないけど
私があなたのお父さんだ
いつもそばにいるから
心配しなくていいよ」
では 父親や家族がいても
エホバの証人の活動に反対している
という場合はどうでしょうか
マルコ 10:29, 30で
イエスがそんな人たちに向けて語った
約束を読んでみましょう
「はっきり言いますが 私のため
また良い知らせのために
家 兄弟 姉妹 母親 父親 子供
あるいは畑に別れを告げた人は皆
今この時期に百倍を
家 兄弟 姉妹 母親 子供
畑を迫害と共に得て
新しい体制で永遠の命を得ます」
エホバの証人であるという理由で
ご両親やご家族から距離を
置かれているとしても
自分はエホバの家族の一員だ
ということを忘れないでください
世界中の何百万もの兄弟姉妹が
あなたのことを愛しています
それに 今反対しているご家族も
いつかエホバを愛するように
なるかもしれません
どんな家庭で育ってきたとしても
エホバのために生きる私たちは
エホバの素晴らしい家族の一員です
エホバは親として 今も これからも
ずっと愛してくれます
間もなく今の体制を終わらせて
罪を取り除き
何の問題もない新しい世界を
実現させてくれます
エホバは今でも
私たちのことを深く気遣い
祈りを聞いていろんな方法で
答えてくれています
私たちが永遠に生きられるように
一生懸命働いてくれています
ほかにもたくさん いろんなことを
してくれています
私たちのことが大好きで
たまらないからです
こういうことを考えると 最初に読んだ
イザヤの聖句にあったみたいに
こう言いたくなります
「エホバ あなたは私たちの
大好きなお父さんです」
ベテル・ロディッシュ姉妹は
22歳の時に世界本部で働くよう
招待されましたが
その直後に脳腫瘍が見つかりました
姉妹の経験談は「目ざめよ!」
1990年4月22日号に載っています
その後の人生でも 姉妹は
エホバが自分のお父さんであることを
実感する経験をたくさんしてきました
9月の終わり頃の朝のことでした
ブルックリン・ベテルの兄弟から
電話がかかってきて
3カ月ベテルで奉仕できないかと
聞かれました
でも そのあと病院に
行かなければいけなかったので
長くは話せませんでした
病院に行って 検査を受けて
しばらく待たされてから
先生に呼ばれました
先生は「脳腫瘍ができています
ご家族とも話し合わないと
いけません」と言いました
その後 2回手術を受けましたが
どちらもうまくいきました
2回目の手術の後
先生は腫瘍を完璧に取り除くことが
できたと言ってくれました
それから1年ほどで
ほぼ元の生活に戻ることができました
1990年の春にブルックリンに行き
ロバートと出会いました
少ししてから 婚約したんですけど
夫婦でベテル奉仕をしたいと
思っていたので
承認された時はとてもうれしかったです
数年後 妊娠していることが分かり
かわいい女の子が生まれました
2人目の子も生まれて
とても幸せな毎日でした
でも 3人目を妊娠して3カ月たった頃
とても悲しいことが起きました
お腹の赤ちゃんが死んでしまったんです
私が病院にいる間 母が子どもたちを
見てくれていたんですけど
赤ちゃんは一緒に戻ってこない
ということを先に伝えてくれていました
家に帰ると子どもたちが
走り寄ってきてくれて
でも私はいっぱいいっぱいで
何も言えませんでした
そしたら 夫がみんなをギュッとハグして
赤ちゃんは亡くなったということを
子どもたちに話してくれました
うちの子たちの場合 隠すんじゃなくて
ちゃんと伝えたほうがいいと思いました
人生の中で こういう悲しいことが
起きるのは
避けられないということも伝えました
そうやって家族として みんなで悲しみに
向き合った方がいいと思ったんです
ベッドルームに準備してあった
赤ちゃんの服を見て
もうこういう服も
いらなくなっちゃったんだなって思って
何とも言えない気持ちになりました
赤ちゃんが亡くなってから
5カ月ほどたった頃でした
集会の前 涙がこらえられなく
なってしまって
車に戻ってしまったんです
そしたら 2人の親しい友達が
車のところに来て
一緒に座って話を聞いてくれました
赤ちゃんのこととか 子供のこととか
いろいろ話しました
手を握ってじっくり聞いて
気が紛れるように笑えるようなことも
話してくれました
それで会場に戻ることができました
エホバがずっと一緒にいてくれました
会衆の仲間を通して
そのことを実感しました
忙しいはずなのに
金曜の夜になるとうちに来てくれて
一緒にご飯を食べたり
いろいろ話したりしました
くだらないこととか
会衆のちょっとしたこととかを話せて
そのおかげで 暗くて重い気持ちに
押しつぶされずに済みました
エホバからの愛をいろんな仕方で
受けてきたので
私も人に愛を表せるようでいたいと
思っています
それで 相手を大事に思っていること
力になりたいと思っていること
大好きだということを
手紙やメールで伝えたり
直接言ったりするようにしています
エホバは必要な時に必要なものを与えて
いつも支えてきてくれました
もう疲れてしまって起き上がれないとか
今日は集会も奉仕も
無理って思っちゃうこと
やっぱりあるじゃないですか
でもエホバは 力が出ない時には
元気づけてくれて
心が疲れている時には
意欲を沸き立たせてくれました
申命記 33:27の
言葉の通りだと思います
「神は昔から避難所であり
神の永遠の腕があなたを支える」
いろんな試練を乗り越えてきて思うのは
エホバの助けがあれば
何があっても大丈夫だということです
ロディッシュ姉妹のように
信仰を強めたりして 内面を磨くことは
試練を忍耐するのに役立ちます
内面を磨く別の方法は
全時間奉仕をすることです
全時間奉仕をすると
クリスチャンとして成長し
お父さんエホバのような
もっと魅力的な人になることができます
ここで新しいシリーズをご紹介します
「全時間奉仕で磨かれる
クリスチャンとしての魅力」
というシリーズです
聖なる力が生み出すものを
いつも表せるようになる上で
全時間奉仕がどう役立ってきたか
兄弟姉妹のコメントを
聞くことができます
「全時間奉仕で磨かれる
クリスチャンとしての魅力」
1つ目は何でしょうか
「愛」です
私が育った小さな町では
だいたいみんな
同じような生活をしていて
あんまりほかの文化に
触れる機会がなかったので
建設グループでの奉仕を始めるのは
自分にとって結構大きな変化でした
それまで周りにいたのは
自分と同じ文化とか
民族の人たちだけだったんですけど
それが急に いろんな言語とか文化とか
民族の人たちと一緒に働くようになって
でも そういう人たちに愛を示すのって
結構難しくて
自分って意外と
偏見あったんだなと感じました
夫と一緒に建設グループで
王国会館建設の奉仕をしています
本当に楽しいです
みんなで一緒に働いて一緒に生活して
一緒に涙を流すこともあります
本当に家族みたいなんです
建設奉仕を始めた時
自分の育った会衆とか
仲良くしてた友達と
お別れする必要がありました
それで 前みたいに
愛してもらってないなって
感じることがありました
でも コリント第一 13:4を読んで
自分の思う愛ってワンパターン
だったんだなってことに気づいたんです
仲間を愛する方法っていろいろあって
自分も愛を広げるために
もっと努力できることがあるってことに
気づけました
この国に来て 巡回奉仕をしてきて
学んだ一番のことは
愛と思いやりの大切さです
ある会衆に 集会に遅れて来て
私の話の途中に眠ってしまう
兄弟がいました
もちろん私の話もちょっとつまらない
ところがあったかもしれないですけど
寝られるとさすがに
イラッときちゃいました
でも いや それじゃだめだ
って思ったんです
その兄弟は週6日
12~16時間も働いてるんだから
もっと思いやってあげなきゃって
家族の中でエホバの証人は私だけなので
兄弟姉妹のことを
家族のように思っています
みんな生活が大変な中でも
信仰をしっかり守っています
そんな兄弟姉妹と早く仲良く
なりたいって思ってるんですけど
思うようにうまくいかなくて
モヤモヤして
なんでかなって思うことがありました
打ち解けるのに時間がかかる
兄弟姉妹なのかなって思ってた頃に
夫からこんなふうに言われたんです
「君だって自分のこと話すの
そんな得意じゃないよね」
はっとさせられました
言われてみれば ほんとその通りでした
姉妹たちのことをもっとよく理解して
優しく接して
心を開いてくれるのを
待つ必要があるってことに気づけました
エホバは陶芸家です
建設グループに入って
エホバの手の中で
もっともっと整えてもらっています
誰かと接するとき
肌の色とか民族とか言語とかじゃなくて
本当にその人のことを
見れるようになりました
LDCの奉仕を通して
エホバからこんなふうに
言われているように感じます
「これまでも 愛って何か
どうやって表せるか知っているって
思っていたかもしれないけど
本当の愛がどれほど広くて深いか
見せてあげるよ」
建設奉仕であちこちに行きますが
どこに行っても家族のような
強い絆を持てています
私たちは全時間奉仕をしてきて
本当に良かったと感じています
この奉仕のおかげで 兄弟姉妹に
愛を込めて思いやり深く接する点で
成長できています
全時間奉仕を通して 前より
愛情深い人になれたと思います
この奉仕をしていると
兄弟姉妹のことをもっとよく理解
しようっていう気持ちになるからです
そうやって愛を育てることで
夫との絆も深まっています
巡回区の姉妹たちの話を
よく聞くように努力しているので
家でも夫の話を
優しく聞けるようになりました
もっと愛情深い人になりたいという
気持ちになりましたね
愛があれば
自分は分かってもらえている
受け入れてもらえている と感じられる
温かい家族のような雰囲気を
つくり出すことができます
この新しいシリーズが
全時間奉仕について考える
きっかけになればうれしく思います
最初の話で エホバは親のように
私たちにいろんなことを
教えてくれている
ということを考えました
一度だけでなく 繰り返し
教えてくれることもよくあります
そんな時 どんなふうに
受け止めたらいいか
トロイ・スナイダー兄弟が
朝の崇拝で話してくれました
「以前にもお伝えしたことですが」
「念のための確認ですが」
そんなふうに言われたらどう思いますか
前にも聞いたことだな と思って
スルーしてしまいますか
今やろうと思ってたのに と思って
いらいらするでしょうか
自分のできてないところを
言われた気がして
落ち込んでしまう人も
いるかもしれません
エホバもいろんなことを
繰り返し教えてくれています
でも それは人間が同じことを
がみがみ言うのとは違います
どうしてそう言えるのか
詩編 119編の2節と3節を
一緒に開いて読んでみましょう
「神の教えを守る人は幸せだ
その人は心を尽くして神を探し求める
不正を行わず 神の道を歩む」
エホバが繰り返し
教えてくれていることを守る人は
幸せになります
物事をより広い視野で
より深く理解することができます
3節にあったように
正しいことを行い
エホバの道を歩みたいという気持ちが
強くなります
エホバの教えは 大変な時にも
頼りになります
エホバの教えは
ごちゃごちゃした高速道路にある
標識のようです
このめちゃくちゃな世の中を
走り抜けていく助けになります
今進んでいるのが正しい道か
間違っているとしたら
どっちに行けばいいのか教えてくれます
今日の聖句のペテロ第一 2:13に
書かれていることも
エホバが繰り返し
教えてくれていることの一つです
では ペテロ第一 2章の13節を
続く14節と一緒に読んでみましょう
「人間が作ったもの全てに
主のために従ってください
高い地位にいる王にも
悪人を処罰して善人を褒めるために
王から遣わされた総督にも従うのです」
この言葉を聞いた
1世紀のクリスチャンたちは
エホバに従うこと
人間の政府に従うこと
その両方の大切さを思い起こせました
これは新しい教えではありませんでした
イエスも神の王国を第一にするように
と言っていましたし
「カエサルのものはカエサルに」
「神のものは神に返」すようにしていました
使徒たちも「私たちは 人ではなく
神に従[う]」と言いました
では どうしてそういうことを改めて
強調する必要があったんでしょうか
当時 世の中には政治に関して
いろいろな意見があって
クリスチャンもそういう意見を
持つようにという圧を感じていました
それで そういうことに
関わらないことの大切さを
思い起こさせてもらう必要がありました
13節には 従うのは
「主のため」だとありました
政府の存在を許しているエホバに
敬意を持っているからこそ
政府に従うということです
政府と同じ思想を持ったり
戦争を支持したりはしません
そして エホバが一番良い時に
物事を正してくれる
ということを信じます
このバランスのとれた
アドバイスのおかげで
政府を軽く見ないようにしつつも
神の王国を支持し
良い知らせを伝えることの大切さを
思い起こすことができました
こういうことは当時
ペテロの手紙以外でも
何度も言われていました
例えば 何年か前に書かれた
ローマの手紙では
上位の権威に対する正しい見方について
取り上げられていました
ペテロの手紙と同じ時期に書かれた
テトスへの手紙にも
政府に従うことが書かれていました
こういうことについて繰り返し
教えてもらっていたおかげで
当時の兄弟たちは
エホバにしっかり付いて
政治的なことに関わらないで
いられたはずです
これはクリスチャンへの迫害が
始まる直前だった当時
とても大切なアドバイスでした
このエホバからの
アドバイスに従った兄弟たちは
従って本当に良かったと
思ったことでしょう
ペテロ第一 2章の15節を
読んでみましょう
13, 14節で政府に従うことを言った
続きの聖句です
15節にはこういうふうに
書いてあります
「皆さんが善を行って
分別がない人たちの無知な話を
封じることは
神の意志だからです」
1世紀の兄弟姉妹は
エホバに言われた通り
政府に従ったでしょう
そういう良い振る舞いは
この聖句にあった通り
大変な中でもエホバへの崇拝を
続けていく助けになったはずです
今でも同じようなことが起きています
ある国での出来事を考えてみましょう
その国では 政治的なことに
中立でいることが強調された直後に
内戦が起こりました
兄弟姉妹は教えられていた通り
内戦の間もどちらの味方にもならず
政府に従い続けました
内戦の後 政府は国の一体感を
高めるために
幾つかの法律を作りました
その中には 結婚の届け出をするときに
国旗敬礼をするというものがありました
それはエホバを愛する兄弟姉妹にとって
とても従うことのできない法律でした
それで兄弟姉妹は政府のところに行って
「自分たちは内戦に一切
関わりませんでした」と言いました
政府の人たちもそのことを
分かってくれていて
「エホバの証人の立場を
尊重したい」と言ってくれました
その直後に法律が改正され
兄弟姉妹は国旗敬礼をせずに
済むようになりました
こういう良い結果になったのは
エホバから教えられた通りにして
良い振る舞いをしていたからです
私たちも「統治体の話」などで
大切なことを改めて考えさせて
もらっていますね
例えば 愛を込めて伝道すること
目標を持ち 人がいる場所
どこででも
伝道することについて学びました
そういうふうにすると
もっとやりがいを感じますよね
また 罪を犯した人や
エホバから離れてしまった人に対して
エホバがどんな見方を
しているかも考えました
戻ってきてほしいと思っている
エホバと協力して
働きたいという気持ちになりました
服装と身だしなみについても
取り上げられました
時代が変わればスタイルも
変わるものですが
いつもエホバへの敬意が表れた
服装をしたいですね
投獄されている兄弟姉妹のために
祈ることも取り上げられました
もし自分たちが伝道を禁止されたり
投獄されたりしても
伝道を続けたいという
気持ちになりました
さらに 政治的なことに
関わらないことについても
教えてもらいました
1世紀のクリスチャンと同じですね
今の世の中にも 政治的なことに関して
いろんな意見とか主義主張を
持っている人がたくさんいます
その動画では
統治体がこの大切なことについて
話したいと思ったのは
サタンが強いプレッシャーをかけている
時代だからだと言われていました
そして「クリスチャンのための
聖句ガイド」の
「政府」というトピックを見るよう
勧められました
その通りにすれば
大切な聖句の言葉を心に刻んで
自分たちの立場について
ちゃんと説明できるようになります
世界中の兄弟姉妹たちと
心を一つにすることもできます
私たちは全時間奉仕者としても
大切なことをいろいろ
教えてもらっています
例えば 互いを許し合うこと
誰かと ぎすぎすしたときに
良い関係を取り戻すために
行動することなどです
本当にいいアドバイスですね
また 毎日聖書を読むことも
よく言われます
私たちは忙しい生活を送っているので
エホバに毎日語り掛けて
もらうことの大切さを
思い起こさせてもらう必要があります
監督たちは 羊を大切にするようにと
よく言われます
気を付けていないと
仕事 仕事になってしまうので
時々思い起こさせてもらえるのは
ありがたいですね
自分はだめだという気持ちに
負けないようにしようとも
よく言われます
エホバは私たちのことを
大切に思っていて
頑張っているところを見てくれて
優しくぎゅっと抱きしめてくれます
心が折れそうな時には
そばで寄り添ってくれます
では エホバが何かを教えてくれるとき
前に聞いたことであっても
聞き流さないようにしましょう
私たちは詩編 119:111にあるのと
同じ気持ちです
「あなたの教えを私は永遠に手放さない
それは私の心の喜びだから」
エホバから教えてもらった通りにすると
みんなで心を一つにして
エホバと一緒に歩んでいけます
こういう生き方は本当に幸せです
大切なことを思い起こさせて
もらいました
エホバの教えをしっかり受け止めると
クリスチャンとして成長できます
兄弟姉妹のためにもっと働きたいという
気持ちにもなります
皆さんはベテル奉仕や建設奉仕などに
興味がありますか
すでにやっているとしても
ほかの分野はどんな感じなんだろう
と気になったことがあるかもしれません
ここでもう1つ
新しいシリーズのご紹介です
「密着!○○の1日」という
シリーズです
このシリーズでは 世界各地で
いろんな奉仕をしている兄弟姉妹が
どんな1日を送っているかに迫ります
兄弟姉妹が陰で
どんな努力をしているか
生の声を聞くことができます
記念すべき初回は
「密着!翻訳者の1日」です
こんにちは
キム・ハンナといいます
韓国手話の翻訳チームで奉仕しています
翻訳部門では 聖書に基づく情報を
英語からいろんな言語に翻訳しています
正確で分かりやすくて
自然な翻訳を心がけています
手話翻訳では 文字で書かれた情報を
動画の形にしていきます
手の動きや顔の表情で
言いたいことを伝えるんです
いま 今日翻訳する記事を
読んでいるところです
どんな内容か どんな流れで
書かれているのか
手話で上手に表現するには
どうしたらいいか
みたいなことを考えています
手話に翻訳するには 手話のことを
よく知らなきゃいけません
私はこの奉仕を始めた時は
結構自信があったんですけど
やればやるほど
まだまだ知らないことが
いっぱいあるんだって気づきました
トレーニングのおかげで
ろう者の人たちにとって
より自然な文の組み立て方を
意識できるようになりました
ほかの言語の出版物を
参考にすることもあります
そうやって よりスムーズで
分かりやすい翻訳ができています
翻訳チームは基本的に
3人1組で作業しています
正確で分かりやすいものを
送り出していけるよう
協力して翻訳やチェックを行います
手話は文字にはできないので
こういう訳にしようかって決まったら
すぐに動画に撮ります
今日はクジラについての記事を
訳してるんですけど
クジラの手話が
3人ともちょっとずつ違って
それでどれが一番一般的で
分かりやすいか話し合っています
時々ぴったりの表現が なかなか
見つからないってこともあります
そういう時はみんなで ああかな
こうかなって話し合って
最後にみんなが「これだ!」って
思えるような表現が見つかると
「エホバだ!」って感じます
手話翻訳チームには
いろんなところから来た
いろんな人がいます
でも 一緒に働いて
一緒に集会に行って
会衆の活動も一緒にして
本当に家族みたいです
1・2・3 どうぞ
最近 作業の流れがシンプルになって
翻訳者たちが
収録や編集もするようになりました
最初は 私にこんなことできるかなって
不安だったんですけど
ちゃんとトレーニングも
してもらえているので
ちょっとずつできるように
なってきています
結構楽しいです
はい ありがとうございます
ルームメイトのヒョンジとは
部屋だけじゃなくて
部門も会衆も一緒です
部門のこととか会衆のこととか
一緒に何でも話せて いい友達です
翻訳するときは
自分が学ぶっていうより
手話でどうやって自然に
表現できるかなって考えます
でも それがリリースされて
自分で勉強するときは
エホバが自分に
なんて言ってくれてるのかなとか
どうやって役立てられるかなって
考えます
翻訳の時に何回も見たものであっても
改めて自分で勉強すると
新鮮な発見があっていろいろ学べます
やっぱりちゃんと学んで
信仰を強めるには
自分で時間を取って
学ばなきゃいけないなと感じます
両親がろう者なので
手話は子供の時から使っています
ろう者の数はそれほど多くありませんが
そのろう者のために
こんなに大勢の兄弟姉妹が
一生懸命働いてくれているって知って
エホバってやっぱり
一人一人のことを思う
あったかいお父さんだなって思いました
私も ろう者の心に響く
分かりやすい翻訳ができるよう
頑張りたいと思っています
ろう者の兄弟姉妹の
役に立てていると考えると
すごくやりがいを感じます
特にお父さんやお母さんが
自分たちが翻訳したものを使って
エホバとの絆を強めていると思うと
すごくうれしいです
翻訳者として奉仕する中で
エホバがみんなのためにしている
すごいことを
間近で見させてもらっているって
感じます
この最高の奉仕を
もっといろんな人に楽しんでほしいです
キム姉妹は聖書や出版物に向き合う
時間の長い奉仕をしていましたが
自分個人としても 時間を取って
学ぶようにしていましたね
エホバのために忙しく奉仕している
私たちにとって
ぜひ見習いたいお手本です
エホバのためにもっとたくさんのことを
したいと思っている若い皆さんにとって
このシリーズがモチベーションを上げる
助けになることを願っています
今月のミュージックビデオからも
エホバの家族でいられる幸せが
伝わってきます
エホバの家族は 良い知らせを
伝えるときも
会衆の仲間と話すときも
相手にぴったりの元気が出る言葉を
紡ぎ出すように心掛けています
何気ない一言に この心 揺さぶられる
砕かれる日もあれば力になる日もある
ああ なんて良いんだろう
愛を込めたこの言葉が
心地いい音のように
その耳に聞こえる時
あなたのために言葉紡ぎ
幸せ 届けよう
心を満たすものが
言葉になって運ばれていく
神の愛が溢れたら 幸せ 届けられる
ああ なんて良いんだろう
愛を込めたこの言葉が
心地いい音のように
その耳に聞こえる時
あなたのために言葉紡ぎ
幸せ 届けよう
ああ なんて良いんだろう
愛を込めたこの言葉が
心地いい音のように
その耳に聞こえる時
あなたのために言葉紡ぎ
幸せ 届けよう
では 宝探しの時間です
今月は12の小預言書の7番目の書
ナホム書を調べます
ナホム書からどんな宝が
見つかるでしょうか
宝探しのどんな良い方法を
学べるでしょうか
じゃあ 今週の聖書通読の範囲を
調べてみようか
ナホム書からも大事なことを
いろいろ学べるよね
そうね エホバが最高の主権者だって
ことも分かるもんね
じゃあ早速始めようか
忠実な奴隷は ゆっくり時間を
かけて読むこととか
もっと詳しく知りたいっていう気持ちで
勉強することを勧めてくれてるよね
そうね 急ぐのは禁物よね
ほんとだね まずはナホム 1:1
「ニネベに対する宣告」
あ それ大事な情報じゃない?
ニネベっていうと エホバが
ヨナを遣わした所だよね
でもヨナは最初 気乗りしなかった
そうだね アッシリア人が怖くて
反対方向に逃げちゃった
そうそう だからナホムも
エホバからニネベへの厳しい
メッセージを託された時
怖かったんじゃないかな
うん そうだろうね
ニネベについて調べてて
僕もそう思った
「索引」の「ニネベ」って項目に
「流血の都市」っていうのがあって
そこにいい資料があったよ
さすが
「索引」っていろんな資料を
見つけるのに役立つよね
その資料には学者の
こんな説明が載ってたよ
「少年や少女は 生きたまま
火あぶりにされ⋯⋯
男たちは串刺しにされ
生皮をはがされ 盲目にされ
手足を切り取られ
耳や鼻をそぎ落とされるなどした」
残酷すぎる
怖くなるのも当然よね
でも 年表を見てて思ったんだけど
怖かったのはナホムだけじゃ
なかったんじゃないかな
ちょうどその頃 ヨシヤ王が
間違った崇拝を一掃して
清い崇拝を回復するために
頑張ってたけど
ヨシヤも民もいろいろ不安に
思ってたんじゃないかなって
まだアッシリアの勢力が強かったからね
アッシリアはやりたい放題だった
イスラエル人は エホバだけを
崇拝するようになったら
アッシリア人が怒って
サマリアの人たちみたいに
生きたまま皮を剥がれるんじゃないか
って不安になったかも
娘がそんな目に遭ったらって思うと
耐えられない
うん でも ちょっと3節見てみてよ
エホバが 自分が主権者としての力を
どんなふうに使うか言ってるんだけど
「すぐに怒らず 偉大な力を
持っている」ってあるよね
ちょっと調べてみたらさ
すぐに怒らないことと
偉大な力を持ってることが
並べて書かれてるのって
この聖句だけみたいなんだ
なるほど エホバは恐ろしい
アッシリア人じゃなくて
頼れる神エホバに
目を向けさせたかったのね
イスラエル人は安心できただろうね
エホバは15節でこうも言ってる
「ユダよ あなたの祭りを祝え
あなたの誓約を果たせ
どうしようもない者が再びあなたの所を
通ることはないからだ
その者は完全に滅ぼされる」
エホバは「もうすぐ
アッシリア人を滅ぼすから
今は祭りを祝って崇拝を楽しんで
ほしい」って言いたかったのかな
「心配しないで」ってことね
うん エホバは約束通り
ニネベが完全に滅びるようにした
最近まで ニネベなんていう都市は
存在しなかったって言う人がいたぐらい
エホバの約束がその通りになって
ヨシヤもナホムもイスラエル人も
安心できただろうな
エホバの崇拝に集中できるようになった
エホバがすることに目を向けた時
不安な気持ちが安心に変わったのね
いい宝が見つかったね
ちょっとメモしとこうかな
エホバがすることに目を向けると
安心できる
これ エホバと自分の絆と関連付けて
考えると もっといい宝になるかも
そうだね エホバが力や権力を
どう使うかを考えると
エホバがどんな方かが
もっとよく分かるよね
さっきの聖句に「エホバはすぐに怒らず
偉大な力を持っている」って
あったじゃない?
人間は権力があると
厳しくなりがちだけど
エホバは残酷なアッシリア人の
ことも辛抱した
それだったら私のことも
辛抱してくれるはずよね
僕も何か間違ったことをしちゃった時に
もうエホバに愛してもらえないかもって
感じちゃうことがあるんだよね
でも この聖句をじっくり考えたら
エホバは温かくて辛抱強い
お父さんだって思えた
僕に対してもすぐに怒ったりしない
愛してくれてるから
そう思うと安心できるな
そうよね 自分が自分に一番厳しく
なっちゃってることって確かにある
どうしてあんなことしちゃったんだろう
って自分を責めたりね
でもエホバはそんな方じゃない
「エホバが怒ってないんだったら
自分を責める必要はない」
そうやって自分に言い聞かせたいな
会衆や家庭でみんなを引っ張っていく
役割を任せてもらっている身としては
こんなふうにも考えたいな
「自分はすぐに怒っちゃってないかな
エホバは僕のことを
どんなふうに思ってるだろう
怒りっぽくなっちゃってるとしたら
誰みたいだと思われてるだろう」
そうね 私はエホバの力の使い方の
ことも印象に残ったかな
アッシリアは確かに強かったけど
エホバの方がよっぽど強いから
イスラエル人は怖がる必要はなかった
私たちも恐ろしいサタンの
世の中に暮らしてるけど
誰よりも強いエホバが助けてくれるから
大丈夫だって思えた
試練がどれぐらい大変かって
ことじゃなくて
エホバがどれぐらい強いかってことに
目を向けるのが大事よね
そうだね
jw.orgで迫害に遭ってる
兄弟姉妹のことを読むのもいいかもね
エホバは兄弟姉妹のことを
そういう大変な中でも
強い心で忍耐できるよう
力強く支えてる
僕たちが迫害に遭うときにも
そんなふうにできるよう
助けてくれるはずだよね
エホバは今も「すぐに怒ら」ない
だけじゃなくて
「偉大な力」を使って
僕たちを支えてくれるんだ
いろんなことが学べたね
宝探しの秘訣 振り返っておきたいな
もっと詳しく知りたいって
気持ちを持って ゆっくり読む
「索引」で調べる
エホバの力の使い方から
エホバがどんな方か考える
いいね ナホム書には宝が
まだまだありそうだよ
例えば ニネベの滅びについての
ナホムの預言は
細かいとこまでその通りになった
そのことについて調べたら
信仰が強まると思う
いいアイデアね
もっと調べてみましょ
今月は エホバが宇宙で一番
愛情深いお父さんだ
ということを学びました
どんな努力を払ってでも この素晴らしい
家族の一員で居続けたいですね
愛は兄弟姉妹との間の「完全な絆」です
これからも大切にして
いきたいと思います
神の王国のために一生懸命に働くには
まず自分の心を養うのが大切だ
ということも学びました
いろんな試練を乗り越えていくたびに
岩のような揺るがない方である
お父さんエホバへの信頼が
深まっていきます
今月のビデオレターはガボンからです
アフリカ中部の西海岸に位置する国で
アフリカのエデンとも呼ばれます
国土の85パーセントが熱帯雨林に覆われていて
コンゴウ滝という壮大な滝が有名です
ロアンゴ国立公園を訪れると
海岸を歩くマルミミゾウに
会うことができます
マルミミゾウは絶滅危惧種で
ガボンはその最大の生息地です
ガボンにはゴリラやマンドリル
たくさんのチンパンジーも
生息しています
海の生き物もたくさんいます
20種類以上のイルカやクジラが
生息していて
その美しい姿を間近で
見ることができます
でも ガボンアダーという蛇には
近づき過ぎないようにしてください
この蛇が持つ毒を出す牙は
5センチもあり
毒蛇の中で最大です
ただ おとなしい性質で
人にかみつくことはほとんどありません
首都のリーブルビルは
19世紀に解放奴隷によって
築かれた町です
近代的な建物や公園
美しいビーチがあります
国の南東にあるフランスビル近辺では
プーバラ滝などの大自然に
触れることができます
1957年 今でいうコンゴ共和国から
2人の兄弟が仕事を探して
ガボン南部にやってきました
2人から真理を聞いた
アントワーヌ・ムバンガは
みるみるうちに信仰を強め
その年の6月にバプテスマを受けました
ガボン最初のエホバの証人の誕生です
同じ頃 建設会社で働いていた
兄弟たちが
コンゴからガボンにやって来て
ムバンガ兄弟と一緒に
伝道するようになりました
集会は木造の小屋を借りて
開いていました
土曜日の午後には
公開講演を聞く人たちのために
ベンチを並べていたので
「ベンチの宗教の人」と
呼ばれるようになりました
1964年に エホバの証人は法的に
登録されました
その後 宣教者たちも続々やって来ます
さらに ラジオを使って 日曜日に
聖書の話を放送するようになりました
でも1970年4月
政府は急に集会や伝道を禁止し
宣教者を国外退去にしました
禁令の間も 兄弟姉妹はひるむことなく
集会や大会をこっそり夜に
行い続けました
でも やがて状況は良くなっていきました
兄弟姉妹は王国会館を
建設できるようになり
集会や大会も開けるようになりました
再びラジオ放送も
できるようになりました
そのラジオ番組は人気を博し
2004年に全国紙で
取り上げられたほどでした
ラジオに出演していた兄弟によると
ラジオで聞いたことのある声だ
というのがきっかけで
レッスンが始まったことも
何度かあったそうです
現在 ガボンには
4600人以上の伝道者がいて
フランス語 ファン語 ミエネ語
プヌ語 ンゼビ語 テケ語などで
8000件を超える聖書レッスンが
行われています
最近 ガボンで初めて開かれたSKEに
28人の若い兄弟姉妹が出席しました
このクラスは リーブルビルの
オカラにある
拡張可能な王国会館で開かれました
オカラ会衆では116人の兄弟姉妹が
一生懸命奉仕しています
最近 聖書レッスンの数が
初めて140件を超えました
記念式には287人が出席しました
オカラ会衆から温かな愛と
あいさつが届いています
エホバの証人の世界本部から
JW Broadcastingでした