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JW Broadcasting 2026年6月: ギレアデ第159期卒業式

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JW Broadcasting®にようこそ
2026年3月14日
ギレアデ第159期の
卒業式がありました
生徒たちは5カ月間
聖書を真剣に学びました
卒業式では 生徒たちが今後
生活や奉仕の中での
いろんな変化にうまく対応していくのに
役立つ内容が話されました
私たちも生活していく中で
いろんな変化を経験しますよね
ぜひ自分にどう役立つか考えながら
卒業式をお楽しみください
会場にご出席の皆さんも
ストリーミングでご覧になっている
皆さんも心から歓迎します
もちろん生徒の皆さんも歓迎します
5カ月間の勉強を
よく頑張ってきましたね
ギレアデの学校中 もう無理だと
感じることもあったかもしれませんが
無事卒業式を迎えられました
大切なご家族やご友人の
皆さんにとっても
この卒業式の日は本当に
うれしい日になりますね
いやぁ ついにこの日が来ましたね
これからの奉仕に向けて 期待で
胸を膨らませているかもしれません
この5カ月の間 ギレアデで
聖書から宝のような教えを
たくさん学びました
割り当てられた場所に早く行って
学んだことを生かしたいと
思っていますか
兄弟姉妹と肩を並べて
仲良く働きたいとも思っているはずです
でも 仲良くするというと
ちょっと不安に思うかもしれません
新しい場所に行って 新しい友達と
仲良くやっていけるだろうか
と思うのは自然な感情です
元いた場所に戻って
「ギレアデでちゃんと成長してきたかな」
という目で見られるかと思うと
ちょっと緊張するかもしれませんね
それで今日は「みんなと仲良く
するには?」というテーマで
少しお話ししたいと思います
これは簡単なことではありませんよね
イエスもそのことを認めています
どうぞマタイ 5章を
お開きいただけるでしょうか
イエスがどんなことを言っていたか
マタイ 5章を開いて読んでみましょう
5章の23, 24節です
こう書かれています
「それで あなたが供え物を
祭壇に持ってきて
仲間が自分に対して何か反感を
抱いていることをそこで思い出したなら
供え物を祭壇の前に残して
出掛けていきなさい
まず仲間と仲直りし
それから戻ってきて
供え物を捧げなさい」
この話を聞いていた弟子たちは
そんなの無理だと思ったかもしれません
というのも当時
祭りの時のエルサレムには
ものすごい数の人が集まって
町はごった返していました
それなのに 祭壇の所に供え物を置いて
ぎくしゃくした関係になった人を
捜しに行って 見つけ出して 仲直りして
そしてまた戻ってくるなんて
できっこない と思ったかもしれません
ここでイエスが言いたかったのは
人間関係は
いろいろ難しい時があるということです
どうして難しいって感じるんでしょうか
そう感じたとき どんなことが
できるでしょうか
この話では そういうことを
少しずつ考えていきます
みんなと平和でいるのを難しくさせる
3つの感情について
取り上げたいと思います
その点を考えるに当たって
後にアブラハムと呼ばれる
ようになったアブラムが
ロトとどううまく付き合って
いったかを振り返って
兄弟姉妹と仲良くやっていくのに
役立つ教訓を学びましょう
1つ目の感情は
下に見られたくないという気持ちです
私たちは時に自分に自信が
持てなくなってしまうことがあります
でも その感情の裏返しで
自分を大きく見せようとして
人を下げてしまうということも
あるかもしれません
でも そんなことをすると
周りとの関係は
とてもぎくしゃくしてしまいます
アブラムも 下に見られたくない
という気持ちと
闘ったことがあったかもしれません
創世記 13章の出来事を
見てみましょう
この時 アブラムとロトの
家畜の世話係の間で
言い争いが起きていました
アブラムはこのまま放っておくと
良くないと感じたんでしょうね
では 創世記 13:8, 9を読みましょう
8, 9節です
「アブラムはロトに言った
『聞いてください
私とあなた また家畜の
世話係同士の間に
言い争いがあるのはよくありません
私たちは兄弟なのですから
どこでも好きな地域を選んでください
別々に暮らしましょう
あなたが左に行くのであれば
私は右に行きます
あなたが右に行くのであれば
私は左に行きます』」
謙虚で謙遜ですね
アブラムはロトに対して下手に出ました
でも考えてみると
もっと上から目線になって
ロトにこんなふうに
言うこともできたはずです
「ロト 覚えてると思うけど
エホバから約束されたのは
ぼくの方だよね
君はそれに付いてきただけだよね」
そう言っていれば アブラムは
いい土地に住めたはずです
ただ ロトとの仲は悪くなって
いたかもしれませんね
でも アブラムは
そんなことしませんでした
私たちと同じようにいろんな感情を
持っていたかもしれませんが
親切にロトに選ばせてあげました
アブラムはどうして
そうできたんでしょうか
シンプルに言えば 人から
どう見られるかということよりも
エホバからどう見られるかを
大切に考えていたからです
約束の地のどこに住むかなんて
どうでもいいことでした
ただ 約束の地の中にいられれば
エホバから良いと認めてもらえていれば
それでよかったんです
イエスがマタイ 5:23, 24で
言いたかったのも そういうことでした
仲間と仲直りしようと努力した後に
何をするようにと言っていましたか
祭壇に戻ってきて エホバに
捧げ物をするようにと言っています
何より大切なのはエホバとの関係です
アブラムもそれを
一番大事にしていました
では アブラムから学ぶことのできた
1つ目の点は何でしょうか
見下されたくないという
気持ちと闘う大切さです
これまで経験したことや
受けてきたトレーニング
ギレアデに行ったこととかに
周りの人が気付いてくれないと
認められていないと不安に
なったりするかもしれません
でも そういう気持ちがあると
周りの兄弟姉妹と仲良くするのが
難しくなります
どうすればそういう気持ちを
乗り越えられるでしょうか
アブラムのように エホバから
認められることこそが
一番の幸せだ というのを
忘れないようにしましょう
それ以外のもの 任せてもらう
奉仕の責任や機会などは
全部おまけです
さて アブラムはロトに好きな土地を
選んでいいよと言った時
ロトの方も同じように
譲ってくれるんじゃないか
と思っていたかもしれません
ここでわなとなる2つ目の
感情があります
相手に主導権を握られたくない
という気持ちです
相手と意見がぶつかった時
ここで相手に譲ると
その後も相手のペースで
相手の都合のいいように
物事が進んでいってしまう
と不安になるかもしれません
アブラムはどうだったでしょうか
もう一度 創世記 13章を開いて
先ほどの出来事の続きを見てみましょう
10節からお読みします
アブラムは親切に
ロトのことを優先しました
10節です
「ロトは目を上げ ゾアルまでの
ヨルダン地域全体を見た
そこは水が豊かで
エホバの園のようであり
エジプトのようでもあった
(エホバがソドムとゴモラを
滅ぼす前のことだった)
そこでロトはヨルダン地域全体を選び
宿営を東方に移動させた
こうして彼らは別れた
アブラムはカナン地方に住み
ロトはヨルダン地域の町々の
辺りに住んだ」
では ロトはアブラムの親切で謙虚な
態度に付け込むつもりだったんでしょうか
本当のところどうだったかは
聖書に書かれていないので
私たちには分かりません
卒業式のメインの話で
このことが詳しく取り上げられます
どうぞお楽しみに
でも 仮にロトの反応がアブラムの
予想外なものだったとすると
アブラムはこんなふうに
感じたかもしれません
「ちょっと待てよ
謙虚に下手に出てもうまくいかない
これじゃ駄目だ
やっぱりこの話は
なかったことにしてもらおう」
アブラムはそうは考えませんでした
11節の後半から
12節の前半を見ていくと
「こうして彼らは別れた
アブラムはカナン地方に
住」んだとあります
ロトに対して 抗議することも
自分の権利を主張することも
不公正だと駄々をこねることも
ありませんでした
アブラムの謙虚さは本物でした
親切にしたらうまくいくだろう
なんていう下心はなかったんです
アブラムは良い土地を
手に入れることよりも
ロトと仲良くできる方が
大事だと考えていました
そんなアブラムからどんなことを
学べるでしょうか
私たちも 自分たちがした親切が
相手に都合よく利用されるんじゃないか
と不安に思うことがあるかもしれません
やりたかった奉仕をほかの人が
することになったり
自分がしたことで人が褒められたり
すると モヤモヤするかもしれません
でも そうやって 親切にすると
付け込まれるんじゃないか
なんて考えないようにしましょう
アブラムの手本に倣ってください
親切にしてもうまくいかない
と思うときも
エホバの方法がベストだ
ということを信じましょう
自分の期待した通りに
物事が進んでいかないと
感じるときもあるかもしれませんが
エホバは皆さんの努力を分かっていて
良いと認めてくれます
では ロトの選択が裏目に出た時
アブラムはどう反応したでしょうか
ロトがしたことを許して
水に流してあげたでしょうか
それとも そうしたくないという
気持ちに負けそうになったでしょうか
その答えは 最後の話の後に
考えたいと思います
ギレアデ卒業式といえば
やっぱりあのコーナー
インサイド・ストーリーが
欠かせないですよね
楽しみにしておられた方も
多いと思います
今回は 伝道者が必要な所に
出掛けていって奉仕したいという
宣教者精神を持った皆さんにとって
特に役立つ内容です
ジェレミー・クラーク兄弟が
インタビュアーをしてくださいます
ではご覧ください
インサイド・ストーリーの時間です
マタイ 5:6には
正しいことを切望している人たちは
「満たされる」から幸せだ とあります
エホバは 神の正しい導きを
必要としている若い人たちを
どんなふうに教えているでしょうか
たいてい 親を通して教えます
でも 親がエホバの証人ではない
場合はどうですか
聖書時代 エホバのことをよく知る
年配の人が
若い人を教えることがありました
若いエホアシュ王には
大祭司エホヤダが
若いウジヤ王にはゼカリヤがいました
今回のインサイド・ストーリーでは
ギレアデの生徒たちが
エホバを愛するよう
若い時にどう助けてもらったかや
それがいろんな奉仕にチャレンジして
エホバと歩む最高の人生を送る上で
どう役立ったかを話してくれます
最初はアメリカから
キャラウェイ・アントロン兄弟と
レベッカ姉妹です
来てくれてありがとう
2人はアメリカで奉仕するようになって
しばらくたちますけど
まずは生い立ちとか 若い頃の話
聞かせてもらえますか
私はサウスカロライナで生まれました
親は両方エホバの証人です
父からは人に優しく接する大切さを
学びました
母は クリスチャンとしての
目標を立てて頑張れるよう
いつも助けてくれました
会衆の兄弟たちも
いろいろ気に掛けてくれて
ある兄弟は 「格言研究
プロジェクトをしよう」って
私と いとこを誘ってくれました
おお 格言ですか
私はまだ10代だったので
兄弟は聖書が知恵に
あふれた本だってことを知る上で
「格言の書」から始めるのが
ちょうどいいと思ったみたいです
別の兄弟はベテルで何年か奉仕してから
地元の会衆に戻ってきたんですけど
「アントロンも絶対ベテルに行った方が
いいよ」って言ってくれたんです
そのおかげでベテルのことを
考え始めました
その兄弟は別の言語を学ぶことも
勧めてくれたので それも頑張りました
なるほど
ちゃんと向き合ってくれる
お兄さんたちがいたんですね
レベッカも両親は
エホバの証人だったんですか
そうなんです
私はスペインで育ったんですけど
住んでた家はベテルの近くにあって
ベテル奉仕者がよく家に
来てくれてました
そういうベテル奉仕者の様子を見て
姉妹はどう思っていたんですか
お金に余裕があるってわけじゃないのに
必要なものには何にも不足してなくて
エホバがちゃんとお世話してるんだな
っていうのが分かりました
そして いつも幸せそうにしていて
笑顔がキラキラ輝いていたのが印象的で
私もこういう楽しい人生を
送りたいって思いました
そうだったんですね
ご両親は ほかにもどんなサポートを
してくれましたか
父は私や姉と妹と
毎晩一緒に祈ってくれました
それだけじゃなくて 私たちが1人で
祈る時も隣で聞いていて
エホバが私たちにとって身近な存在に
なっているか気に掛けてくれました
母は 「会衆の開拓者の兄弟姉妹と
一緒に時間を過ごして
親しくなったらいいよ」って
言ってくれました
その通りにしたら 子供の時から
伝道って楽しいなって
思えるようになりました
2人とも本当に素晴らしいご両親に
育てられてきたんですね
エホバを信頼して 熱い気持ちで
奉仕していく準備ができたんですね
その後はどうなったんですか
私たちが付き合い始めた頃
アントロンはニューヨークで
ベテル奉仕をしていたんですけど
しばらくしてウガンダ支部で
奉仕するようにって言われたんです
ウガンダですか
私も本当にびっくりしましたが
とてもうれしく感じました
その後も交際を続け
スペインで結婚式を挙げました
それからわずか数日後 ウガンダに行き
ベテルで新婚生活を始めました
お この写真 ウガンダですね
はい ベテルで撮りました
ウガンダの生活はどうでしたか
本当に楽しかったです
でも いろんなことが同時に変わって
ちょっと大変でした
結婚生活にもベテルでの生活にも
慣れなきゃいけなくて
しかも それまでとは全く違う
言語とか文化とか食べ物とか
考え方に合わせなきゃ
いけなかったんです
自分を見つめ直す機会にもなりました
自分や人の考え方の違いを知って
成長することができました
昔やった格言プロジェクトが
役立ったそうですね
そうですね
格言 19:11の
「過ちを見過ごす人は美しい」って
聖句とかですね
授業でも考えましたけど
自然界には美しいものが
たくさんあるのに
エホバは私たちが人の過ちを
見過ごすときに
「美しい」と見てくれるんです
ウガンダにはそういう美しい心を持つ
兄弟姉妹がたくさんいます
きっとイライラさせるようなことを
いろいろしてしまったと思うんですけど
兄弟姉妹は嫌な顔をせずに
許してくれました
ウガンダの兄弟姉妹は
私たちの家族になりました
いろんな経験をして学んだのは
相手を本気で愛せば
愛は帰ってくるってことです
ホームシックになった時も
そばで支えてくれました
特に ある宣教者の夫婦が
力になってくれました
私たちが落ち込んでる時も
すぐに気付いてくれて
気遣ってくれて
一緒にいろんなことをしました
そういう温かい兄弟たちを通して
エホバが愛して気遣って
くれているのを感じました
ウガンダには何年いたんですか
10年です
お別れはつらかったですか
本当に
お別れの時はいっぱい泣きました
もう顔がぐしょぐしょになるほどでした
ウガンダの友達のことを
今も大事に思ってますし
仲良くなった姉妹たちとは
よくやりとりしてます
兄弟姉妹は私たちを
よそ者扱いしませんでした
ウガンダを離れる前にも
「いつでも帰ってきていいよ」って
ヤギと土地まで
プレゼントしてくれました
愛されてますね
2人は子供の時から
教えられてきたことを生かして
兄弟姉妹を助けてきたんですね
ギレアデ卒業後の活躍も
期待しています
アントロン レベッカ
今日は来てくれてありがとう
今回の生徒たちの中には
片方の親だけが
エホバの証人という人もいます
リン・ジャーフイ姉妹もその一人です
話を聞いてみましょう
こんにちは ジャーフイ
よろしくお願いします
最初にプロフィールを
ちょっと教えてもらえますか
はい 台湾で生まれ育ちました
私が10歳の時に母が聖書を学んで
バプテスマを受けました
そうでしたか
お父さんはどんな方ですか
今のところ 父はエホバの証人では
ありませんが
家族のことをよく支えてくれています
母が 私と弟が
エホバや伝道への愛を持てるよう
助けてくれました
お母さんと弟さんと撮った写真ですね
そうなんです 王国会館で撮りました
いい写真ですね
エホバのことを愛せるようお母さんは
どう助けてくれたんですか
母は子育て中 フルタイムの
仕事をしている時に
開拓奉仕を始めました
しかも形だけじゃなくって
本当に奉仕を愛していたんです
奉仕から帰ってきた時の
本当にうれしそうな表情を
今でも覚えています
「今日 奉仕でこんなことが
あったんだ」って
すごく楽しそうに
話してくれたんです
奉仕してた区域の人たちは
どんな感じだったんですか
そうですね
いい暮らしをしたいと
思っている人が多くて
もともと聖書に関心があるっていう人は
あまりいませんでした
でも 母はそういう中でも 話を
聞いてくれる人を見つけていました
きっとお家の人のことを愛して
楽しみながら奉仕して
いたからだと思います
特に聖書の最初の部分を使って
会話を始めるのがすごく上手でした
「聖なる力[で]熱意に燃え」てますね
台湾の兄弟姉妹は
そういういい暮らしを求める
風潮がある中で
どんなふうに伝道しているんですか
みんな本当によく頑張ってます
よかったらちょっと
動画があるんですけど・・・
ぜひ見ましょう
「美しい島」という意味の
イラ・フォルモサという名前でも
知られる台湾は
太平洋に浮かぶ美しい島で
海岸から山々まで
素晴らしい自然が広がっています
でも何より輝いているのは
そこに住んでいる人たちです
1948年 ギレアデ第8期を卒業した
スタンレー・ジョーンズ兄弟が
台湾を訪れました
兄弟がその時出席した大会では
300人ぐらいの人が
バプテスマを受けました
その時まかれた真理の種は成長を続け
今では1万1000人以上の伝道者が
奉仕しています
台湾は世界でも特に人口密度が
高い場所です
台北には200万人以上の人が
住んでいます
ビジネスチャンスがどこにでも
あるような所ですが
兄弟姉妹は初期の宣教者たちの
手本に見習って
伝道に心を込めて打ち込んでいます
小さい頃 両親はいつもお金のことで
言い争っていました
それで 「大きくなったら絶対に
お金持ちになってやる」と思っていました
そうすれば家族が幸せになれる
と思ったんです
17歳の時に聖書を学んで
パラダイスについて知りました
そして 今持っているもので
満足する方が
幸せになれる ということも
分かったんです
1999年にバプテスマを受けました
結婚してからは 「夫婦で開拓者として
別の会衆で奉仕してみたいね」と
話していました
でも 私には脳卒中の後遺症で
苦しむ父がいました
時間がたつにつれて
仕事にやりがいを感じて
仕事がどんどん楽しくなっていきました
でも 家族の世話を
していることを言い訳に
自分のしたい暮らしをしていることにも
気付くようになりました
友達がSKEに行ったとか
そういう話を聞いて
それもいいなって思いました
自分たちももっとシンプルな生活が
できないかなとも
考えるようになりました
しばらくして父が亡くなりました
それで 今なら動けるかも
しれないと思って
引っ越しやすい環境を
整えることにしました
仕事を辞めて 伝道者が
もっと必要な所に引っ越して
開拓奉仕を始めました
仕事を辞めることを上司に伝えた時
とても驚かれて
こんなふうに言われました
「頭おかしくなったのか
家族とか将来について
ちゃんと考えたのか」
そう言われても 私の決意は
揺らぎませんでした
エホバがたくさん支えてくれました
すぐにこの生き方が大好きになりました
会衆の兄弟姉妹ともっと時間を
過ごせるようになりましたし
レッスン生がエホバとの絆を
強められるように
助けることもできました
サタンが作り出しているこの世界は
キラキラしているように見えますが
実は中身がありません
本当に価値があるのは
エホバとの友情です
それを大事にしていれば
パラダイスになった地球で
いつまでもエホバのために
生きていけます
もっと早く一歩踏み出していれば
よかったと思うくらい
今 とっても幸せです
格言 10:22の
「エホバの祝福が人を
富ませる」という言葉が
本当にその通りだと感じています
初期の宣教者たちは本当に良い土台を
築いてくれました
そういう兄弟姉妹の手本に見習って
今も台湾ではたくさんの兄弟姉妹が
一生懸命奉仕をしています
いい動画でした
みんなが頑張っている姿を見れて
うれしいです
よかったです
ジャーフイにとって お母さん以外にも
特に力になってくれた人はいますか
集会を休みがちになって
エホバとの絆が弱くなっていた
時期があったんですけど
そういう時 会衆にいた宣教者の夫婦が
私のことをよく気遣ってくれました
集会を休むと 姉妹が「大丈夫?」って
連絡をくれたんです
ここに写ってるのがその夫婦ですか
そうです
お二人はギレアデにも
行かれたんですよね
そうなんです
2人は「地の果てにまで」の
ビデオにも出てるんですよ
同じ会衆で奉仕できて
楽しかったんですけど
別の会衆に割り当てられて
引っ越してしまって
とてもさみしかったです
でもその後 日本から奉仕のために
台湾に来てくれてる姉妹と出会って
いい友達になりました
いろんな分野の奉仕を一緒にするよう
誘ってくれたんです
いい出会いでしたね
その姉妹は ほかにもどんなことを
してくれたんですか
その姉妹は「若い人は尋ねる―
どうすれば本当の友達が
できるだろうか」のビデオが出た時
「一緒に見よう」って誘ってくれました
それで見てたら気付いちゃったんです
「ビデオの中で 女の子を助けてる
開拓者の姉妹と
いま隣にいる日本人の姉妹って
同じことをしてくれてるじゃん」って
それまでも聖書の真理を
疑ったことはありませんでした
でも その姉妹の優しさに触れて
エホバが私のことを1対1で
愛してくれてるんだってことに
気付けました
それで 友達としてエホバとの絆を
深めたいと思うようになったんです
お母さんや姉妹たちが
いろいろ助けてくれたんですね
その後のクリスチャン人生に
どう役立ちましたか
その後 開拓奉仕を
始めることができました
そして 英語会衆で
奉仕するようになりました
みんながエホバの愛を感じられるよう
助けることができて
とてもうれしいです
台湾には世界中から兄弟姉妹が
奉仕を助けに来てくれています
自分のことを後回しにして
働く姿を見ると
本当に感動します
聖書からエホバについて
みんなに伝えるのって
やりがいのある仕事ですよね
これからも エホバがジャーフイや
台湾の兄弟姉妹と
一緒にいてくれることを祈っています
話してくれてありがとう
こちらこそ
両親ともエホバの証人ではない
という人もいます
そういう人をエホバはどうやって
助けているんでしょうか
アメリカのテレル・ダグ兄弟に
話を聞いてみましょう
ようこそ ダグ
ダグがエホバの証人と
会ったのはいつですか
18歳くらいの時です
その時は結構ひどい生活してました
どんな感じだったんですか
親はエホバの証人では
ありませんでしたが
母は私と姉と兄を一生懸命
育ててくれました
でも 私は良くない仲間と
付き合うようになって
怒りっぽくて感情が
安定しない人になっていきました
そのことで母からきつく
言われたこともありましたね
でも 神について知りたいと
思っていたので
いろんな教会に行きました
カトリック ペンテコステ派
メソジスト派なんかの教会に
行きましたね
行ってみてどうでしたか
純粋な真理を教えてくれている
感じがしなくて
心に響きませんでした
母からきつく言われたあの日
私は膝をついて泣きながら
神に「あなたについて教えてください
心に引っかかっているものの答えを
教えてください」と祈りました
何が知りたかったんですか
神様には名前があるのかとか
いい人にも悪いことが
起きるのはどうしてかとか
宗教に偽善が見られるのは
どうしてか とかですかね
ああ すごく大事なことですよね
その後 どうなったんですか
祈ってから2週間後に
エホバの証人が訪ねてきました
うちはいつもドアを開けないんですけど
でも今回は開けたんですね
そうなんです
2人の姉妹が来られたんですけど
そのうちの1人が高校でお世話になった
先生だったんです
すごく優しくて親切な先生だったので
見た瞬間に開けてしまいました
その姉妹は 「神様に名前があるって
知ってる?」って聞いてから
詩編 83:18を見せてくれました
そして ヨハネ第一 5:19の
「全世界は邪悪な者の
支配下にあります」という聖句を読んで
説明してくれました
人生の中で一番の衝撃を感じました
よかったですね
その高校の先生のほかにも
いろいろお世話になった人が
いるんですよね
聖書レッスンを始めた後
ジョージア州アトランタに
行く機会がありました
そこで一生の友達になる人に
出会ったんです
なるほど
当時 私は聖書レッスンを
1年ほどしていましたが
なかなか生活に当てはめられて
いませんでした
その兄弟はやる気にあふれた開拓者で
私のことを気に掛けてくれて
学んだことを実践できるように
助けてくれました
その後 アトランタに引っ越して
その兄弟に聖書レッスンを
してもらいました
7年間ルームシェアもしました
友達になるだけじゃなくて
クリスチャンとしての成長も
気に掛けてくれたんですね
レッスン中 どんなことがあったんですか
巡回監督が私のレッスンに
参加してくれました
その兄弟は本当に優しくて
愛がある人でした
レッスンの後 私もエホバのために
できることを探して
頑張れるように助けてください と
エホバに祈りました
この写真に写っているのが・・・
右端が最初にうちに来てくれた
高校の先生で
左端がさっき話した親友です
バプテスマの時に撮りました
いい写真ですね
そして その親友のおかげで
また別のいい出会いがあったんですね
そうなんです
巡回監督ともっと親しくなれるように
助けてくれました
当時の私は 聖書を学ぶ前の
悪い習慣の影響が
抜け切れていなかったんですが
その兄弟は親身になってくれました
伝道のスキルを磨いたり
牧者として成長できるよう
助けてくれました
ネガティブな気持ちと闘う点で
できることを教えてくれたことも
大きかったです
しばらくして 私も巡回奉仕を始めました
素晴らしいですね
これまでのことを振り返ってみて
ダグはどう感じていますか
いつもオネシモのことを思い出すんです
オネシモは逃亡奴隷で
社会の中では価値がない存在に
思われていました
でも パウロのおかげで
クリスチャンになった後は
会衆の中で頼りになる兄弟になりました
自分に似てるって思いました
私も聖書を学ぶ前は
自分に価値なんかない
お先真っ暗だ と感じていました
でも 自分には高校の先生や親友
巡回監督といった
パウロのような友がいました
自分では気付かなかったような
ポテンシャルを引き出してくれました
これまでもエホバのために
いろんな奉仕ができて良かったですね
若い人のために時間を取って
気遣う大切さをよく学べました
ダグ 話してくれてありがとう
今までいろんな人に
助けてもらったことを思うと
今度は自分が助けたいという
気持ちになります
最後は タイで奉仕している
オールトン・アンディー兄弟と
ジュリア姉妹です
お二人はどういう流れで
生まれ育ったイギリスを出て
タイに行かれたんですか
実は もともと「2人でイギリス支部で
奉仕したいね」と話してたんです
それで申し込みを出してたんですけど
全然招待が来なくて
ちょっとがっかりして
これから先どうしようって悩みました
エホバのためにこの奉仕がしたいと
思っていたのに
なかなか実現できないと
落ち込みますよね
その後 2人はどうしたんですか
そのことについて
エホバに一生懸命祈りました
そしたら タイで奉仕するチャンスが
舞い込んできたんです
詳しく教えてもらえますか
妹夫婦が先にタイの
必要の大きな所で奉仕してて
私たちのことも誘ってくれたんです
その頃 近くのマンチェスターに
新しくタイ語のグループができました
タイで奉仕する前に
とてもいい準備ができました
タイはどうでしたか
すごく良かったです
でも 仕事のために半年ごとに
イギリスに帰らなきゃいけなくて
奉仕でせっかくいい人に会っても
ほかの人に引き継がないと
いけませんでした
それで戻った時には
また一からやり直しって感じでした
まだベテルで奉仕したいって
気持ちもあったんです
正直 ちょっと中途半端な感じでした
それで このままタイでの奉仕を
続けるのか
イギリスに戻って開拓奉仕をするか
はっきり決めないとって思いました
ベテルのこと諦め切れて
なかったんですね
で 結局どうしたんですか
たくさん祈って タイで頑張ることに
決めました
どうしてそう決めたんですか
いろいろ考えたんですけど
タイは 奉仕者が少ないのに
真理を知りたいと思っている人が
たくさんいるんです
それで 自分がやりたいことは
一旦脇に置いて
タイでの奉仕に集中しよう
と思いました
ちょっと不安でもあったんですけどね
不安な気持ちがあるのに
どうしてそうしようと思ったんですか
落ち着く場所を出ると
不安になりますけど
それも悪いことじゃないって
思ったんです
もっとエホバに頼りたいって
思うようになるじゃないですか
そうやってエホバに頼ったら
もっとエホバのことが
大好きになるんです
いいですね
そんな見方ができるなんて
尊敬しちゃいます
タイでの奉仕はどんな感じですか
そりゃあもう最高ですよ
これは私とジュリアがバンコクで
一緒に奉仕している写真です
聖書の話を聞いてくれる人が
たくさんいます
もちろん タイは仏教の国ですけど
もっと心に響くものを探している人が
たくさんいるんです
若い人は特にそうです
そういう人が聖書の話を
よく聞いてくれるんです
動画があるんですけど
ちょっと見てみませんか
いいですね
タイへようこそ
タイは活気あふれる国で
屋台からはいつもおいしい
香りがしてきます
「ほほ笑みの国」と呼ばれるほど
いつもみんなニコニコしています
おもてなしの文化が根付いていて
家族や友達をとても大切にする
人たちです
でも 生きていく上で何か足りないと
思っている人もたくさんいます
ナルモンとカニタは 自分が何のために
生きているのか知りたい
穏やかな毎日を送りたいと
思っていました
小さい頃から周りにお坊さんがいました
子供ながらに そういう人たちの
言っていることと やっていることが
違うなあと思って
ちょっとなあって感じてました
それで なんでみんなそういう人たちに
付いていくんだろうって思いました
そういうことを周りの大人たちに
聞いてみても
「お坊さんなんだから敬うのが
当然でしょ」って言われるだけで
全然答えになっていないって思いました
全然納得できませんでした
私のお父さんは優しくて
愛情たっぷりな人でした
でも お酒が大好きで
アルコール依存症だったんです
お寺ではアルコールに依存している人は
地獄に落ちるって教えられてました
それで お父さんは地獄に
落ちちゃうんじゃないかって
すごく心配だったんです
それで ある時 お寺に行って
「お父さんが地獄に
落ちないようにするには
どうしたらいいですか」って聞きました
そしたら 「いいことをして徳を積んでも
悪いことは消えないし 地獄には落ちる
でも お寺に寄付をしたり
お布施をしたりすれば
地獄での罰が軽く
なるかもしれない」って言われました
全然納得できませんでした
それで ほかの宗教はこのことについて
何て言ってるんだろうって
考え始めました
子供の頃は 理由なんか気にしないで
ただ信じればいいよ って
言われてきました
でも 私はちゃんと分かってから
信じたかったんです
それで 宗教を変えたいと
思っている人たちと
SNSでつながるようになりました
意外とそういう人たちは
多いんだなっていうことが分かりました
そこで教会に行くよう勧められて
行きたいなと思ったんですけど
不安もありました
ある時 聖書について知って
この本になら知りたいと思ってたことの
答えがあるかもしれないと思いました
それで 聖書を借りて家に持ち帰って
読んでもいいか聞いてみたら
それはできない 買わないと
いけないって言われて
いくらか聞いたら
5000円くらいするって言われたんです
でも 別にネットでも
見れるんじゃないかって思って
Googleで「聖書」って検索して
一番上のサイトを開いてみたんです
そしたら 「無料の聖書レッスン」って
書いてあって
本当に無料なのかなって
ちょっと不安だったんですけど
とりあえず申し込んで
みることにしました
もし途中でここからは有料ですよ
なんて言われたら
絶対にやめようって思ってました
後で分かったんですけど
実はそれがjw.orgだったんです
ホームページで申し込みをしてから
確か2日後だったと思うんですけど
ある姉妹が家に来てくれました
「本当に無料なんですか」って
何回も聞いちゃったんですけど
姉妹がそのたびに
「そうなんですよ」って答えてくれました
ある時 上司とご飯を食べに
行くことがあったんですけど
ご飯が届くと上司が目をつむって
うつむき出しました
気になって 目を開けた時に
「どうしたんですか」って聞いてみたら
自分はクリスチャンで
ご飯を食べる前に
神様に感謝をしていたんだって
教えてくれました
それで 宗教を変えたいと
思っているけど
どこから始めたらいいのか
分からないって相談してみたら
無料の聖書レッスンに誘ってくれました
私はすぐオッケーしました
父は2019年に亡くなりました
とてもつらかったですが
前みたいな怖さは感じていません
あの優しかった父をエホバが必ず
復活させてくれて
絶対また会えるって分かってるからです
また家族で一緒に過ごせるように
なるのが本当に楽しみです
「いつまでも幸せに暮らせます」の
レッスン27に感動しました
その時に レッスンを
してくれていた姉妹が
エホバの愛やイエスの
自己犠牲について教えてくれました
イエスは 愛してるって
言うだけじゃなくて
人間のために自分を
差し出すことまでしてくれました
そういう 自分より周りの人を優先する
愛にあふれたエホバやイエスに
付いていきたいと思いました
ナルモンやカニタみたいな人たちが
エホバを知って生き方を
変えるのを見ると
うれしく思います
そうやって真理を学んだ人たちは
もっと幸せな生き方が
できるようになっています
だからこそ これからも一生懸命
伝道を続けたいと思います
2人ともすごいですね
そうなんです
ナルモンは私たちがタイに来た時
レッスン生で 同じ会衆だったんです
奉仕しがいのある区域なんですね
お二人がタイでの奉仕に
順応できるように
どんな人がサポートしてくれましたか
いろんな人が助けてくれましたが
特にギレアデを卒業したある
宣教者の夫婦が力になってくれました
お二人は 会衆のために
一生懸命働くことも大切だけど
リフレッシュする時間も
大事なんだと言ってくれました
家をリラックスできる場所にすると
気持ちを切り替えて次の日も
また奉仕に頑張って
出掛けていける とも言ってくれました
なるほど バランスの取れた
本当にいいアドバイスですね
アンディーとジュリアがこんなふうに
エホバのために頑張りたいって
思うようになった
きっかけ 聞いてもいいですか
父と母の影響が大きいと思います
2人ともエホバが大好きで優しくって
兄弟姉妹のために
自分を差し出す人でした
若い頃 父とはよく一緒に
王国会館建設の奉仕を頑張りました
今振り返っても すごくいい思い出です
会衆も職場も同じ2人の長老も
よく気に掛けてくれました
建設も頑張っている兄弟たちでした
親やそういう兄弟たちのおかげで
エホバのことをもっと好きになって
目標を持って頑張ろうと
思えるようになりました
これが両親との写真です
いいですね
私の場合も両親が本当に
助けてくれました
私が子供の頃に 母が先に
バプテスマを受けて
そのちょっと後に父も受けました
子供が7人もいて大変だったと
思うんですけど
クリスチャンとしての習慣を
本当に大事にしていました
どんなことがあっても 集会や伝道に
参加するようにしていたんです
私が学校から帰ると
母はキッチンのテーブルで
よく聖書を読んでいました
朝起きると 父が「ものみの塔」を
読んでいるのをよく見ました
エホバとの絆を大切にする
本当にいいお手本だったんです
この写真に写っているのは もしかして・・・
父と母です
いいですね
親や宣教者や会衆の兄弟姉妹に
助けてもらったという2人の話を聞いて
身近な若い子たちを気に掛けて
エホバにもっと頼れるよう
エホバのためにもっと
何かしたいっていう気持ちになるよう
背中を押してあげたいって思いました
話してくれてありがとう
インタビューを聞いて エホバは
若い人たちがエホバのことを知れるよう
いろんな人を使って助けることが
できるということが分かりました
自分と似てるなっていう
人がいたでしょうか
こういうふうに助けたらいいんだ
という気付きがありましたか
親の皆さんは 子どもたちが
エホバと友達になれるよう
本当によく助けておられますね
ご主人や奥さんのサポートなしに
頑張っている人のことも
エホバは必ず支えてくれます
長老や援助奉仕者や
開拓者や宣教者の皆さん
クリスチャンとして経験を積んだ皆さん
若い人たちがエホバを愛して
エホバへの奉仕に打ち込めるよう
背中を押してあげてください
そうしたら 今度はその子たちが
別の人を助ける存在になれます
今回のインサイド・ストーリーは
いかがでしたか
また次回お会いしましょう
ジェレミー・クラーク兄弟
インタビューに答えてくれた皆さん
本当にありがとうございました
真理を求めてる人がまだまだ
たくさんいると考えると
熱い気持ちになりますね
私も宣教者だった
あの頃のことが懐かしくなって
ちょっと戻りたくなってしまいました
まあ 今を精いっぱい頑張ります
卒業式の冒頭で アブラムとロトの間に
起きた出来事について考えました
皆さんはロトという名前を聞いた時
どんなイメージが浮かぶように
なったでしょうか
ずうずうしいやつという感じでしょうか
統治体のデービッド・スプレーン兄弟が
ロトについて別の角度から考えて
大切なことを教えてくれます
話のタイトルは「決め付けないように
しましょう」というものです
では お願いします
若い頃のことを思い出します
今から60年くらい前
ギレアデに参加するため
コロンビア・ハイツ107番に
到着した時のことです
本当に素晴らしい学校でしたが
5カ月後には卒業式が来てしまいました
それで 今皆さんが
どんな気持ちでいるか
私もよく分かります
卒業式の日は
一生の思い出に残る素晴らしい日です
これまで5カ月の間
兄弟姉妹はエホバに
助けてもらいながら
一生懸命学んでこられました
そのことを誇りに思います
決して人をあっと言わせるためではなく
エホバと仲間と絆を深めるために
一生懸命学んでこられました
この話の中では そういう
兄弟姉妹との絆という分野で
意識できることを
少し考えたいと思います
私たちみんなよく知っているように
エホバは私たちのことを
全部分かってくれています
知らないことは何もありません
それで 将来最終的な裁きを行う時も
必ず正しい判断をしてくれる
と信頼できます
大切な要素を見落としたり
考えそびれたりするなんてことは
ありません
必要なことを全部検討した上で
判断してくれます
でも 人間は違います
かつてエホバがサムエルに言ったように
「人間は目に見えるものを見」て
判断します
それで ある人について
その人について全部
知っているわけではないのに
目に見えることだけに基づいて
こういう人だと決め付けて
しまうことがあります
ラムフ兄弟が触れてくれたように
この話ではロトを例にして考えます
ロトの例から 人のことを
決め付けない大切さについて
どんなことを学べるでしょうか
先にお伝えしておきますが
ラムフ兄弟にけんかを
売りたいわけではありません
内容は打ち合わせ済みなので
どうぞご安心ください
ペテロはロトについて
こんなことを言っていました
どうぞペテロ第二 2章を
お開きください
2章の7, 8節をお読みします
ペテロはロトについてどんなことを
言っているでしょうか
焦らなくていいですよ
ゆっくり開いてください
私みたいに関節炎の皆さんは
開くのに少し時間が
かかっちゃいますよね
ペテロ第二 2章の7, 8節を
お読みします
エホバについてこう書かれています
「そして 不法な人々の恥知らずな
行いに非常に苦しんでいた
正しい人
[正しい人]ロトを救い出しました
(この正しい人は日々
同じ町に住む人々の
不法な行いを見聞きして
苦悩していました)」
ここでロトを「正しい人」と
判断したのは誰でしょうか
ペテロが独断と偏見で
そう言ったんでしょうか
そうではありません
これは聖なる力によって導かれて
書かれた聖書の一部です
ペテロは聖なる力に導かれて
ロトのことを「正しい人」と言いました
しかも そう言ったのは一度ではなく
2回も繰り返しています
そんな聖なる力の源は誰でしょうか
エホバです
それで ここに書かれているのは
ロトに対するエホバの
評価ということです
エホバはロトのことを
「正しい人」だと思っていました
皆さんはロトと聞くと
どんなイメージを持たれるでしょうか
正しい人というイメージでしょうか
それとも そうはなかなか
思えないでしょうか
もしかして こういう人が
いるかもしれません
「ロトはアブラハムから
カナンの土地の中で
どこでも好きな場所を
選んでいいと言われた時
一番良い所を選んだ
なんで年上のおじさんである
アブラハムに譲らなかったんだろう
そうしなかったロトは自分勝手な人だ」
この出来事についての記録は
限られているので
そこだけを読むと そう思っても
無理はないかもしれません
実際にそうだったかもしれません
でも そう決め付けてしまって
いいでしょうか
ロトについて何か見落としている
情報はないでしょうか
ロトはアブラハムのおいっ子ですが
実はロトはアブラハムよりも
ずっと年上だった可能性があります
そうだとしたら ちょっと話が
変わってきますね
こういうこと ベテルで
奉仕したことがある皆さんだったら
ピーンとくるかもしれません
セニョリティーです
ベテルでは 空き部屋が
幾らか出てくると
どの部屋に住みたいか決める
部屋決めが行われることがあります
といっても くじを引いたり
コイントスをしたり
じゃんけんをしたり
腕相撲をしたりして
決めるわけではありません
では どうするんでしょうか
部屋決めに参加できる人は
候補となっている部屋を
見に行くことができます
どの部屋を希望するかが決まったら
べテル事務所に伝えます
もし部屋の希望が重なってしまったら
よりセニョリティーが高い方
つまり より長く全時間奉仕をしている
人がそこに住むことになります
その部屋に住めなかった人は
住む権利を獲得した人に
「兄弟は自分勝手です
私だってその部屋に住みたかったのに
譲ってください」とは言いません
そういう仕組みだと
最初から分かっているからです
もしかすると ロトは
アブラハムの父親になれるぐらい
年上だったのかもしれません
創世記に詳しいことは
書かれていないので
はっきりとしたことは言えませんが
ヒントとなる興味深いことが
載せられています
アブラハムにはハランと
ナホルという2人の兄弟がいて
おそらくアブラハムは
末っ子だったようです
どうしてそう言えるんでしょうか
アブラハムが生まれた時に 父親が
何歳だったか考えてみましょう
60歳ぐらいだったでしょうか
いいえ
100歳だったでしょうか
いいえ
130歳でした
考えてみるとちょっと面白いですね
アブラハムは 自分が100歳だった時に
年を取りすぎて
子供は持てないと言ったのに
自分が生まれたのは
お父さんのテラが
130歳の時だったんです
とにかくアブラハムには
お兄さんがいたということです
ロトのお父さんは3人兄弟の中で
一番最初に死んだので
長男だったのかもしれません
聖句に基づいて計算してみると
一番上のお兄さんはアブラハムが
生まれた時60歳でした
当時 たいていの人は
30歳ぐらいで親になりました
それで もしアブラハムが生まれた時
ロトのお父さんが60歳だったとすると
その時ロトはもう大人に
なっていたかもしれません
そうだとすると 約束の地で
良い場所を選んでくださいと言った時
アブラハムは単に年上を
優先していただけということになります
もしセニョリティーで部屋を
勝ち取ったことがあれば
ロトのことを悪くは言えませんね
でも もしかすると
「聖書に書いていないんだから
ロトの方が年上だったってことは
証明できない」と言う人も
いるかもしれません
でも逆に そうじゃないって
証明できますか
それもできませんよね
今日考えたかったのは
ロトが本当のところ どういう人だったか
ということではなく
全ての情報を知らない時
決め付けて考えない方が
良いということです
ロトの話はその一例です
それでも こう言う人も
いるかもしれません
「ロトは天幕で暮らすのが嫌になって
快適な暮らしを求めて
ソドムに行ったんじゃないか
お金や物が好きな人だったんだろうな」
そういう可能性もあります
でも ほんとのところ どんな理由で
ソドムに住むことにしたのか
私たちには分かりません
いい暮らしをしたくてそうしたのか
安全を求めてそうしたのか分かりません
考えてみたら ロトは誘拐されたことも
ありましたよね
皆さんがロトの立場だったら
無防備なテント暮らしをしたいですか
それとも城壁のある町に
住みたいでしょうか
今でも治安の悪い地域に住んでいる
兄弟姉妹は少なくありません
都会でいい暮らしをしたいから
という理由ではなく
ほかに選択肢がなくてそうしている
という人も多くいます
ペテロは私たちがロトについて
知っているのと同じことを知った上で
ロトを「正しい人」と呼びました
自分勝手な人とか
お金が大好きな人とではなく
「正しい人」と言いました
ロトはソドムの町から出ていったので
正しい人と見なされたのではありません
そもそもエホバから見て
正しいことをしていたので
そこから逃げることができたんです
でも もしかすると約束の地の
良い場所を選んだロトは
ちょっと自己中だったのかも
しれませんし
ソドムに行ったのもお金中心の
考え方をしていたからかもしれません
そうだとしても ロトはエホバから
正しい人と見なされるぐらい
ほかに良いことをたくさん
していたに違いありません
私たちはそういうことを
知らないだけです
それで大事なのは
いつもそうできるとは限りませんが
一歩引いて いろんな角度から
考えるようにすることです
全ての情報を知らないで
早とちりして行動すると
恥ずかしい思いをすることがあります
約束の地の征服を進めていた
イスラエル人にも
そういうことが起きました
その頃 ルベン族 ガド族
マナセ族の半分が
ヨルダン川の東側に
住むようになっていました
ヨシュア 22章を開いて
どんなことが起きたのか見てみましょう
どうぞゆっくりお開きください
ヨシュア記の22章
10節をお読みしたいと思います
22章10節です
「ルベン族とガド族 マナセ族の半分は
カナン地方のヨルダン川付近に来た時
ヨルダン川のそばに祭壇を作った
目を引くような大きな祭壇だった」
これを見たほかのイスラエル人たちは
早とちりして
2部族半の人たちが背教したと考え
戦いに行く準備までしました
でも ちょっと考えてみてください
この人たちは この直前まで
ほかのイスラエル人と一緒に
約束の地を征服するために
戦っていました
しかも 特に危険な所で
そうしていました
どういうことでしょうか
この2部族半の人たちは
前線で戦っていました
いつも先陣を切って出ていき
命懸けで体を張って戦っていました
本当に勇敢な人たちで
背教しそうな様子は
みじんもありませんでした
それなのに ほかの部族の
イスラエル人たちは
この2部族半の人たちが
背教したと決め付けて
16から18節に
書かれていることを言いました
16から18節
「『エホバの民全員はこう言っています
「イスラエルの神に対してした
この不忠実な行いはどういうことですか
皆さんは今日 エホバに従うのをやめ
自分たちで祭壇を作って
エホバに反逆しました
ペオルでの過ちでは足りないのですか
エホバの民に災厄が
降り掛かったとはいえ
私たちは今もその過ちから
清められていません
今日 皆さんはエホバに従うのを
やめようとしています
皆さんがエホバに反逆するなら
神は明日 イスラエルの民
全体に対して憤ります」
これでも満足せず まだ話し続けます
言いたいことを全部言い終えた後
やっと2部族半の人たちが
こんな説明を始めます
この祭壇は崇拝のための
ものではないこと
自分たちはヨルダン川の東にいるけど
同じエホバを崇拝していることを
思い出すために
この祭殿を作ったということを話します
これを聞いて 勘違いして
大騒ぎしていたことに気付いた
祭司や長たちは
恥ずかしく思ったでしょうね
この話の最初に エホバは私たち
一人一人のことを
全部分かっている
ということを考えました
私たちも 仲間がどんな
家庭で育ってきたかとか
どんなことで悩んでいるかとか
これまでどんな苦労をして
ここまで成長してきたかとかを知ると
批判したいという気持ちはなくなり
愛さずにはいられなくなります
それで エホバの大切な
家族の良いところを
見逃さないようにしたいですね
時々 誰かとぶつかることが
あるかもしれません
そういう時 その人がどんな環境で
育ってきたかを考えると
正しい見方をするのに役立ちます
例えば その人の家族は
エホバの証人じゃなくて
エホバに喜ばれないライフスタイルを
送っていたのかもしれません
でも その人はエホバに
一生懸命仕えていて
エホバはその人のことを愛しています
それで 誰かからいらいらさせられる時
こう考えるようにしましょう
「エホバはこの兄弟を
この姉妹を 正しい人と見ている
確かにいらいらさせられる
ことはあるけど
自分はその人について全部のことを
知っているわけじゃない」
昔 ベテルである若い兄弟が
年配の姉妹と長期プロジェクトに
一緒に取り組むことになりました
その姉妹とご主人さん兄弟は
どちらも天に行く希望を持っていて
兄弟の方はものすごく
素晴らしい兄弟でした
姉妹は・・・
いい姉妹でした
まだ決め付けないでください
姉妹のお眼鏡にかなわない
仕事をする人は
こてんぱんに言われていました
姉妹はみんなのおばあちゃんとして
ちゃんと言ってあげないと
と思っていたようです
でも その若い兄弟は立派でした
姉妹から何か言われても かちんときて
「どうしてそんな言い方をするんですか」
と言ったりしませんでした
兄弟はその夫婦を夜に
部屋に呼ぶことにしました
そして その国が禁令だった時にも
一生懸命奉仕していた話を聞いて
その姉妹への印象が変わりました
姉妹の兄弟への印象も
ちょっと変わったかもしれませんね
私たちも 誰かから
気に障ることをされた時
逆に一緒に奉仕したりお茶したりして
距離を縮めるようにしましょう
相手のことを知れば知るほど
愛しやすくなります
それで もし来週
お茶の誘いが続いたら・・・
よそよそしくって表情が硬い
という人もいます
めったに笑わないような人です
そういう人を見ると 愛想がなくて
冷たい人だなと思いますか
でも そうとは限りません
生まれた時から
そういう顔なだけかもしれません
病気のせいで思ったように
奉仕ができなくても
そのことを周りに
打ち明けない人もいます
事情を知らない人は怠けている
と思うかもしれませんが
エホバはその人がベストを尽くして
いることを分かっています
ほかにも 仕事ができて
やる気にあふれている人を見たら
アピールが激しい人だと
思ってしまうかもしれません
でも 実はその人はただ教えられた通り
自分にできることを一生懸命
頑張っているだけかもしれません
私が昔 巡回奉仕をしていた時
ある会衆でうわさになっている
姉妹がいました
「あの姉妹 病気だって言って
なかなか集会に来ないけど
買い物している姿は見るのよね」
といううわさです
それで姉妹の所に行って
話を聞いてみることにしました
すると実は姉妹は慢性的な病気で
いつも痛みと闘っていて
でも時々その痛みが和らぐ時に
必要な物をまとめ買いしている
というだけだったんです
姉妹は一人暮らしで ほかに
助けてくれる人はいませんでした
姉妹の話を聞くことができて
よかったと思いました
批判するよりも どうすれば助けられるか
考えてあげるべきだったんです
この話では ロトのことも含め
もしかするとこうかも ということを
いろいろ考えました
でもエホバは全ての事実を
知っておられます
その上で兄弟姉妹を愛していて
私たちにもそうしてほしい
と思っています
私たちが仲間を大切にするとき
エホバは喜んでくれます
今日卒業する皆さんもきっと
そうしてくださると信じています
これからも体に気を付けて
奉仕を楽しんでください
エホバも私たちも みなさんのことを
心から応援しています
今回のクラスの生徒たちが
どこで奉仕することになるのか
気になりますね
いよいよこの時間が来ました
隣にいるロナルド・カーザン兄弟が
生徒たちに卒業証書を授与するのを
手伝ってくださいます
ではお願いします
最初にアジャボン兄弟です
兄弟は西アフリカ支部に戻ります
続いて アリマネスク兄弟姉妹
お二人はルーマニア支部に戻ります
オールトン兄弟姉妹はこれから
ザンビア支部で奉仕します
アルセアシュビリ兄弟は
ジョージア支部に戻ります
続いて ブッシュ兄弟姉妹
お二人は米国支部に戻ります
カペス兄弟姉妹は
モザンビーク支部に戻ります
カーライル兄弟姉妹はこれから
ポルトガル支部で奉仕します
カーマイケル兄弟姉妹は
米国支部に戻ります
キャラウェイ兄弟姉妹はこれから
ザンビア支部で奉仕します
コリモア兄弟はこれから
西アフリカ支部で奉仕します
フィゲリ兄弟は
チェコ・スロバキア支部に戻ります
藤田兄弟は日本支部に戻ります
ガテンバシ兄弟姉妹はこれから
ルワンダ支部で奉仕します
ギルマ兄弟姉妹は
エチオピア支部に戻ります
ゴンサレス兄弟姉妹は
スペイン支部に戻ります
ハイェガ兄弟姉妹は
西アフリカ支部に戻ります
ヘロン兄弟姉妹はこれから
ナイジェリア支部で奉仕します
ヒューゴ兄弟姉妹は
スカンディナビア支部に戻ります
ランガバカティニ兄弟姉妹は
フィジー支部に戻ります
ラッタンジ兄弟姉妹はこれから
スペイン支部で奉仕します
リン姉妹は台湾支部に戻ります
ロペス兄弟は
南アフリカ支部で奉仕します
マクドナルド兄弟は米国支部に戻ります
マウリ兄弟姉妹は
オーストラレーシア支部に戻ります
ムタヒ兄弟は東アフリカ支部に戻ります
ネルソン兄弟は
スカンディナビア支部に戻ります
オソグ兄弟姉妹は
ナイジェリア支部に戻ります
ペラルタ兄弟は
コロンビア支部に戻ります
シャキッチ姉妹は
クロアチア支部に戻ります
スピナ兄弟姉妹はこれから
ルワンダ支部で奉仕します
テレル兄弟は米国支部に戻ります
バイティエクス兄弟は
フィンランド支部に戻ります
ユン兄弟は米国支部に戻ります
ザップ兄弟は米国支部に戻ります
では 今回のクラスの卒業生たちが
ステージにそろいました
幕を開けてもらいましょう
ここまで頑張ってきた生徒の
皆さんのことを本当に誇りに思います
エホバに助けてもらいながら
一生懸命学んでこられましたね
ここで 卒業生を代表して
オーストラレーシア支部の
エイダン・マウリ兄弟が
手紙を読んでくださいます
愛する統治体の兄弟たち
ものみの塔ギレアデ聖書学校に
出席するという
素晴らしい機会を頂けたことを
深く感謝しています
私たちがここに来た時から 皆さんも
ベテル家族も温かく歓迎してくれて
これから始まる学校が
本当に楽しみになりました
時間を取って授業に来て
教えてくれたことにも感謝しています
援助者の皆さんも 教訓者の皆さんも
心を込めて教えてくれました
神権学校部門の兄弟たちも
本当によくサポートしてくれました
おかげで この学校を通して
「自分の目で偉大な教師を見る」
ことができたと感じています
特にエホバの優しくて深い愛についての
理解が一層深まりました
エホバは人類に罪が入った時から
人類と和解したいと思って
あらゆる手を尽くしてきてくれました
そのエホバの気持ちが エデンでの
約束 アブラハムやダビデとの契約
そしてモーセの律法 特に贖罪の日に
ついての規定から伝わってきました
そういうことをじっくり学んで
イエスの贖いへの感謝が深まりました
イエスの生き方や宣教からも
エホバの愛について学べました
イエスはいつもお父さんエホバのように
考え 行動していました
弟子たちにも辛抱強く接しましたし
女性たちのことも大切にして
親切にしました
杭の上での苦しみに耐え
自分の命を犠牲にしました
私たちの王また大祭司であるイエスが
そんな愛情深い方だ
ということを改めて考えて
本当にうれしくなりました
また 聖書の預言を詳しく調べたことで
将来についてのエホバの
約束への希望が強まり
これから起きることに勇気を持って
立ち向かっていく備えができました
例えば ゼカリヤが見た地上を
行き巡る4両の兵車の幻から
天使が騎兵隊のように
エホバに仕える人たちを守ってくれる
ということを学べました
これから大患難に向けて世の中の
状況がどれほど悪くなっていくとしても
天使の騎兵隊がそばにいる
ということを考えると
主権者エホバにしっかり付いていこう
という気持ちになります
さらに「愛を込めて弟子を育てる」の
ワークショップを通して
もっと一生懸命伝道しようという
気持ちも強まりました
実演では いろんなシーンで伝道する
時に意識できることを学べました
王国の良い知らせを
もっと愛と思いやりを込めて
緊急感を持って伝えていこう
という気持ちになりました
「畑[は]もう色づいて
収穫でき」るんです
5カ月間 偉大な教師に
教えていただいた今
学んだことをベストを尽くして生かして
いきたいという気持ちでいっぱいです
会衆の頭イエスに倣い 皆さんと
そして世界中の兄弟姉妹と
「肩を並べて」働いていきたいと
思っています
そうやって エホバが
たたえられることを心から願っています
皆さんの兄弟
ギレアデ159期生徒一同
最後に 卒業式の最初に話したことの
続きを少しお話ししたいと思います
ロトのした選択が裏目に出た時
アブラムはどう反応したかという点です
ここで みんなと仲良くするのを難しく
させる3つ目の感情が関係してきます
それは過去にあったことを
水に流したくないという気持ちです
ロトがソドムとゴモラの方に行ってから
しばらくした時
その地域で起きた戦いに巻き込まれて
ロトと家族は捕虜になってしまいました
もしアブラムがロトに対して
少しでも恨みを持ち続けていたとしたら
どんな反応をしたでしょうか
「へっへっへ ほらね
こうなるって思ってたよ
自分のことしか考えてないから
こういうことになるんだ」
こんなふうに思うこともできました
その時の出来事が記録されている
創世記 14章を開きましょう
仮に アブラムがロトがしたことを
根に持っていたとすると
ロトのことを許したら
ロトがしたことを
大したことがなかったと認めている
ことになるんじゃないかと思って
助けに行くのを
ためらったかもしれません
実際 アブラムはどうしたんでしょうか
創世記 14:14を見てみましょう
ここに出てくる「親族」というのは
ロトのことです
14節
「アブラムは 親族が
捕虜にされたことを聞くと
彼の家で生まれて訓練された
従者318人を集め
ダンまで追い掛けた」
アブラム すごいですね
住んでいたマムレとダンは
200キロほど離れていました
何日もかかったはずです
費用もかかりましたし
いろんな危険やリスクも伴いました
それでもアブラムは助けに行きました
続く21から23節を見ると
この戦いに参加したことで
アブラムはお礼をもらえることに
なりましたが それを断りました
ロトを助けたら何か自分の
得になるかも なんて下心は
全くなかったことが分かります
そもそもロトが苦しい目に遭ったのは
自己中にも思えるような
決定をしたからでしたが
それにもかかわらずアブラムは
ロトを助けに行きました
ロトと良い関係でいたいと思っていた
ので 過去のことを水に流しました
アブラムから学べることがあります
皆さんは 人と違う意見を持った時に
譲ったことがありますか
もしかすると あなた以外のみんなが
別の案に賛成していたのかもしれません
でも 後でそのアイデアが
失敗に終わります
そんな時「だから言ったじゃん」
と言いたくなるでしょうか
自分はもともと違う意見だったと
アピールしたくなるでしょうか
みんな心当たりがありそうですね
それで 決まったことを掘り返して
ねちねち言わないようにしましょう
納得できない決定だったとしても
それがうまくいくよう全力で
取り組んでください
うまくいかなかった時も
アブラムのことを思い出しましょう
ああだこうだ言って
責めるんじゃなくって
どうすればうまくいくか 一緒に考えて
助けてあげてください
どうしてそうするべきなんでしょうか
みんなと仲良くいたいからです
そうしていれば エホバとも
仲良くいられます
それが私たちにとって
一番大事なんじゃないでしょうか
まとめです
アブラムは見下されたくないとか
主導権を握られたくないとか
過去のことを水に流したくないとか
そういう気持ちに負けませんでした
ロトと仲良くいることを優先しました
では アブラムは結局損をしたことに
なるんでしょうか
ロトの側は アブラムがいっぱい
努力してくれたことに
後で気付いたんでしょうか
聖書には何も書かれていないので
分かりません
スプレーン兄弟も話してくれた通りです
でも ロトが感謝するかしないかは
アブラムにとって重要なことでは
ありませんでした
注目したいこととして エホバは
アブラムがロトに親切にした時や
ロトのことを助けた後に
アブラムに特別な約束をしました
創世記 13:14から始まる部分や
15章1節に書かれている約束を見ると
エホバがアブラムのことを愛していて
良いと認めていたことがよく分かります
それがアブラムの望んでいたものでした
いわばアブラムはエホバの
祭壇に行きたかったんです
エホバとの良い関係 それが
アブラムにとって一番大事なものでした
これから兄弟姉妹との関係が
ぎくしゃくすることがあるかもしれません
きっとあります
ベテルで 家で 会衆で
そういうことがあった時
この話で考えたようなネガティブな
気持ちに負けないでください
イエスの話にあったように
ぎくしゃくしてしまったその人を
いわば捜しに行って
仲直りしてください
簡単なことではないかもしれません
こちらが謙虚に親切にしても
相手からは返ってこないかもしれません
でも エホバはその努力を
分かってくれています
では 次に何をしますか
祭壇に戻ってきて
供え物を捧げてください
エホバはそこで待っていて
「よく頑張ったね」と言って
捧げ物を受け入れてくれます
私たちが兄弟姉妹と仲良くする
ためにベストを尽くしたことを
分かってくれているからです
ギレアデ第159期の卒業生の皆さん
兄弟姉妹のことを本当に愛しています
これから行った先でもエホバが一緒に
いて祝福してくれるよう祈っています
ギレアデ卒業式のほかの話は
間もなくjw.orgや
JW Library®にアップされます
お見逃しなく
では最後に オーストラリアからの
ビデオレターを楽しみましょう
オーストラリアは世界で
一番起伏が少ない大陸で
南極大陸の次に乾燥しています
この国の名前は
「未知なる南の土地」という意味の
ラテン語に由来しています
オーストラリアではホワイトオパール
などの宝石もよく取れます
オーストラリアには いろんな文化や
背景を持つ人が多くいます
人口の4分の1ほどは外国で
生まれた人たちです
これほど多様性に富む国は
なかなかありません
オーストラリアの人たちは
外で過ごすのが大好きです
サーフィンをしたり
オーストラリアンフットボールをしたり
みんなで集まって
バーベキューをしたりします
バーベキューはオーストラリアの
人たちの生活に深く密着していて
本当になくてはならないものです
それぞれがいろんな国や地域の
料理を持ってくるので
食卓は国際色豊かになります
オーストラリアの食べ物といえば
ベジマイトも有名です
これは茶色いペースト状の食べ物で
1923年にメルボルンで誕生しました
主原料はビール酵母で
独特の旨味があり
肉のような味がすると言われています
トーストやクラッカーに薄く塗って
食べるのが一般的なスタイルです
味にアクセントが付きます
オーストラリアの人たちは
コーヒーも大好きです
7割以上の人が毎日1杯は
コーヒーを飲みます
そして カフェの95パーセントが
個人経営です
輸入した質の良いコーヒー豆を
使って入れるので
味に外れはまずありません
ラテアートもすてきです
18世紀後半 何百冊もの聖書が
オーストラリアへの入植者を乗せた
ファースト・フリートという
船に載ってやって来ました
19世紀には 現地語に
訳された聖書の中に
神の名前が「イェホア」や
「ジェホバ」といった形で出ていました
中には聖書を読んで
感動する人もいました
例えば カルタニャという女の子は
11歳の時に
母語のガーナ語でこう書きました
「エホバを崇拝しよう エホバは創造者
エホバは罪から救ってくれる」
オーストラリア西部出身の
アーサー・ウィリスという兄弟は
1931年に19歳で開拓奉仕を
始めました
オーストラリア中を回り 奥地にも
行って熱心に伝道しました
1932年には先住民族への
伝道も始めていました
1943年 兄弟はピンジェリーという
町に落ち着き
アボリジニのジェームズ・コラードと
メーベル・コラードに会いました
2人には17人の子供がいました
コラード家での聖書レッスンが始まり
コラード家はやがて
アボリジニの最初の伝道者がいる
会衆の中心的存在になりました
ジェームズとメーベルの孫たちは
今でも元気に奉仕しています
オーストラリアには現在
7万1000人以上の伝道者がいます
兄弟姉妹はいろんな場所で
伝道しています
ビーチ 農場 町中などです
中国語などの新しい言語に
チャレンジしている人もいます
言語だけでなく その文化についても
学んでいます
メルボルンのカールトン会衆の
兄弟姉妹も一生懸命伝道しています
この会衆の区域はメルボルンの経済の
中心地で いろいろな人がいます
会衆の兄弟姉妹も
21もの国から集まっています
カールトン会衆から皆さんへの
メッセージが届いています
私たちも皆さんを心から愛しています
エホバの証人の世界本部から
JW Broadcastingでした