JW subtitle extractor

JW Broadcasting 2026年11月

Video Other languages Share text Share link Show times

JW Broadcasting®
にようこそ
今月は 自分の考えを調整すると
どんな良いことがあるかを考えます
ある2組の家族は
愛を広げて外国からのゲストを
歓迎することにしました
どんないいことがあったでしょうか
エホバが私たち一人一人や
エホバの証人というグループ全体を
精錬してくれていることから
何を学べるでしょうか
家族を世話する時
大事なことを見失わないようにすれば
幸せでいられるということも考えます
今月もどうぞお楽しみください
今月のテーマは
「忘れるべきことと
忘れるべきでないこと」というものです
でも どんなことを覚えているかなんて
コントロールできないと思うでしょうか
確かに完璧にはできません
でも 自分の意識をどこに向けるかは
コントロールできます
今回は 記憶力の使い方について
エホバから学べることを考えます
そして 忘れずにいたい2つの
大切なことも考えます
ではまず エホバは私たちの
どんなところに
注目しているんでしょうか
ヘブライの6章10節を開いて
一緒に考えましょう
「皆さんはこれまでずっと
聖なる人たちに仕え
今も仕え続けています
そのようにして 神の名を
愛していることを示してきました
神は不公正な方ではないので
そうした働きや愛を
忘れたりはされません」
エホバはどんなことを
覚えてくれているんでしょうか
私たちがする善いことを
覚えてくれています
この節の注釈にはこう書かれています
「神にとって ご自分に尽くす人の
善い行いを無視したり
気に留めなくなったりするのは
正しくないこと」
エホバがどれだけ私たちのことを大切に
思っておられるかが伝わってきます
エホバは私たちがする小さな失敗も
大きな罪も全部知っていますが
エホバが注目するのは そういう
ネガティブなところではありません
ちょっとイメージしてみてください
私たちがこれまでしてきたこと
1つ1つが本になって
図書館に並んでいるという様子です
これまでしてきた良いことが
書かれている本もあれば
失敗や罪が載っているものもあります
エホバはどの本の内容も
全て知っています
悪いことが書かれている本の場所も
知っていますが
あえて いいことが書かれている本を
選んで読んでくれているんです
エホバが注目するそういう
いいところに注意を向けて
力を注ぎたいと思います
先ほどのヘブライ 6:10には
エホバが注目する2つのことが
書かれています
1つ目は 私たちの
エホバの名前への愛です
エホバの名前を担っている
私たちの行動は
エホバの評判を上げることもあれば
下げることもあります
それで 私たちが話すことやすること
どんな洋服を着るかといったことも
エホバの評判に関わってくる
ということです
なので コリント第一 10:31で
勧められているように
どんな時も「全てのことを
神の栄光のために」したいと思います
そうすることで 神聖なエホバの名前を
大切に思っていることを
はっきり表せます
エホバのお名前を愛していることを示す
1つの方法は
ほかの人にエホバについて
知らせることです
それで 良い知らせを伝えています
もっと上手に伝道できるように
よく準備するようにもしています
家から家を訪ねる時も
ただ会話するだけじゃなくて
聞いて良かったと思えることを
伝えたいと思います
普段の生活の中でも
聖書のメッセージを伝えるチャンスを
逃したくないですよね
自分なりの目標を立てるのも
よいかもしれません
できるなら 毎週伝道するための時間を
取るようにしましょう
私たちはこれからも良い知らせのために
全てのことを行って
エホバとエホバのお名前を
愛していることを証明したいと思います
ヘブライ 6:10に書かれている
私たちが力を注ぎたい2つ目のことは
「聖なる人たちに⋯⋯
仕え続け」るということです
ここに出てくる
「聖なる人たち」というのは
天に行くよう選ばれた
クリスチャンのことを表しています
ヘブライ人のクリスチャンは
仲間の兄弟姉妹をいろんな方法で
サポートしました
必要な時には
お金や物を分け合いました
パウロは そうした兄弟姉妹が
仲間をサポートしてきたこと
今もそうし続けていることを褒めました
ヘブライ 6:10に書かれていることは
今の私たちにも広げて
考えることができます
誰かから親切にしてもらったり
何か物をもらったりしたら
きちんと感謝しましょう
私たちもほかの人の
ためになることをしたいですね
仲間を思う気持ちから自分を与えれば
もっと幸せになれます
困っている仲間を助けるために
私たちにできることは
考えてみると たくさんあります
今は 災害や 病気や
迫害で苦しんでいる仲間が
たくさんいます
そういう仲間に食べ物や着る物を
分けてあげたり
家に泊まらせてあげたりできます
私たちが仲間を助けるためにできる
別のことは
褒めたり 気遣って
元気づけたりすることです
兄弟姉妹のために祈ることも
忘れたくない大切なことです
どんな状況にいるとしても
私たちはみんなこの言葉を
いつも意識していたいと思います
格言 3:27です
「あなたに助ける力があるときに
善を行うべき相手に
そうせずにいてはならない」
こうやってエホバのお名前を愛し
仲間に仕える大切さを忘れずにいるなら
本当に大切なことに力を注げます
記憶力をコントロールするというのは
言葉で言うほど簡単ではありません
忘れたいことを
忘れられないこともあるからです
誰かに傷つけられたり
失礼な扱いを受けたと
感じる過去があれば 特にそうです
その記憶のせいで 心の傷が
なかなか癒えずにいたり
この人はどうせ変わらないと
思い込んでしまっている自分に
気付くことがあるでしょうか
対照的な2つの実例を
聖書から考えてみましょう
まずはダビデ王とシムイの記録です
シムイはサウル王の親戚でした
シムイはダビデのことを
サウルの家から王権を奪った男として
長い間恨んでいました
サムエル第二 16章を見ると
シムイはダビデたちをののしって
石や土を投げ付けてきました
これは本当に失礼なことでした
それで ダビデの部下のアビシャイは
シムイを殺させてほしいと言いましたが
ダビデはそれを許しませんでした
自分でシムイに復讐するのではなく
エホバに委ねました
本当に穏やかに対応して
自分をよくコントロールできていたと
思いませんか
ダビデが王の立場に戻った時
心を入れ替えたシムイは許しを
求めてきました
アビシャイはこの時もシムイを
殺そうとしましたが
ダビデはそれを許しませんでした
そして 自分がシムイを殺すことはないと
誓うことまでしました
エホバの願っている方法で
この件に対処できました
でもダビデは 死ぬ前に
息子のソロモンにあることを言いました
列王第一 2:8-9を
一緒に読んでみましょう
こうあります
「また ベニヤミン族でゲラの子である
バフリムの人シムイが
あなたのもとにいる
彼は私がマハナイムに
行こうとしていた日
私をひどい言葉でののしったが
私を迎えにヨルダン川に来た時
私は彼に 『あなたを剣で
殺すことはしない』と
エホバに懸けて誓った
あなたは賢く 彼に何をすべきか
分かっている
彼を処罰されないままに
しておいてはいけない
彼を血に染めて墓に
入らせなければならない」
ダビデがシムイに
失礼なことをされたのは
60代の初め頃だったと思われます
ダビデは70歳で亡くなりました
それで 何年もの間 シムイから
されたことを考え続けていて
忘れられていなかったことが分かります
ダビデがどうしてそういうことを
言ったのか
聖書にはっきりとしたことは
書かれていません
でもここから分かるのは
理不尽な目に遭ったり
ひどいことをされたりすると
簡単には忘れられないということです
その時はうまく対処できたと
思えたとしても
傷つけられたという気持ちがずっと
時には何年も続くことがあります
ではどうすれば
そういう感情を抜け出して
前を向くことができるでしょうか
イエスがペテロに傷つけられた
時のことを考えてみましょう
イエスが逮捕される直前
ペテロはイエスのことを決して
裏切らないと約束しました
それなのに わずか数時間後に
イエスなんて知らないと
3回も言ってしまいました
イエスにとってこの晩は
人間として生活している中で
一番大変で
一番助けを必要としている時でした
それなのに 親しい友ペテロを含め
弟子たちみんなから
見捨てられてしまいました
ペテロは自分のしたことの
大きさを考えた時
泣き崩れて罪悪感に
押しつぶされそうになりました
イエスは復活した後どうしたでしょうか
コリント第一 15:5によると
ペテロの前に現れました
それは何か どれほど
がっかりしたかを伝えて
罪の大きさを思い知らせる
ためだったんでしょうか
マルコ 16章を開いて
7節を読んでみましょう
そこには イエスの墓のところに来た
女性たちに
天使が言った言葉が
記録されています
こうあります
「さあ 行って 弟子たちと
ペテロに言いなさい
『イエスは先にガリラヤに行っています
彼が言った通り そこで会えます』」
この節の注釈には
こんなことが書かれています
「イエス​は 弟子​たち​が
​集まっ​て​いる​所​に現れる​前​に
独り​で​いる​ペテロ​の​前​に​現れ​た​よう​だ
この​よう​に​個人​的​な​気遣い​を​示さ​れ
さらに​天使​が​ペテロ​の​名前​を​
特に​述べ​た​こと​に​よっ​て
ペテロ​は 友​で​ある​イエス​と​の​関係​を
​3​度​否定​し​た​こと​を許さ​れ​た​と
​​確信​し​た​に​違いない」
復活したイエスに会ったペテロは
どれほど ほっとしたことでしょう
もちろん イエスは
ペテロのした間違いを
忘れたわけではありませんでした
でも あえてそういうことばかり
考えたりせず
ペテロのいいところ
ペテロの頑張ってきたところに
注目しました
イエスはペテロを許すだけでなく
兄弟たちを力づけるという
大切な役割を任せました
このイエスの素晴らしい手本に
私たちはどう倣えるでしょうか
友達から傷つけられたとき
忘れるべきことは忘れ
忘れるべきでないことを
覚えているようにしましょう
記憶力の使い方のお手本を
もう1つ考えましょう
再びダビデです
ダビデは人生の中で
エホバに助けてもらった出来事を
思い出すようにしていました
そうすることで
「これから何があっても大丈夫だ」と
思えるようになりました
そのことが分かる
詩編 27:2-3の
ダビデの言葉を読んでみましょう
「悪を行う人が私を襲って
食い尽くそうとした
その時 私の敵はつまずいて倒れた
軍隊が私に対して陣営を張ろうとも
私の心は恐れない
攻撃を仕掛けてきても
神への信頼を失わない」
「私の心は恐れない」
「神への信頼を失わない」
私たちもこうやって言えるくらい
エホバを信頼したいですね
エホバがこれまで私たちのために
してきてくれたことを
忘れないでいれば
信仰は強くなっていきます
皆さんもいろんな悩みを抱えて
エホバに助けてほしいと
お願いしたことがあると思います
きっと エホバは力や知恵を
与えてくれたんじゃないでしょうか
エホバが自分のために動いてくれたと
思った時があったはずです
そのことを忘れないでください
エホバのために何かもっとしたいと
思った時にぶつかった大きな壁を
エホバが崩してくれた と感じたことが
あったかもしれません
ぜひ そのことも忘れないでください
生きていると いろんな思い出が
できるものです
兄弟姉妹との思い出を振り返る時
仲間のいいところや
頑張っているところに注目して
そういうことを忘れないで
いるようにしましょう
自分の心と向き合うとき
考えても仕方のないことを
忘れるようにしましょう
ねたみや怒りなどです
代わりに もっと仲間を愛して
許せる人になれるよう
ポジティブなことを考えましょう
エホバが過去にしてくれたこと
今してくれていることを
決して忘れないようにしましょう
こうやって記憶力を正しく使えば
これからどんな問題にぶつかるとしても
乗り越えていくことができます
現代でも 良いことに目を向ける面で
お手本となっている兄弟姉妹がいます
ドン・シュウェニング兄弟の
話を聞いてみましょう
兄弟は長い人生の中で
エホバの組織の変化を
たくさん見てきました
どんなことを学んだか話してくれます
エホバの証人の現代の歩みは
成長 前進 変化の歴史です
私もいろんな変化を経験してきましたが
心が躍ることもあれば
不安に感じる時もありました
でも 付いていって良かったと
感じています
エホバは確かに「銅を金」に
変えてこられました
ドン・シュウェニングと言います
エホバに仕えるようになって
70年以上たちますが
まだまだ新米だと思ってます
うちの家族が真理を知ったのは
父親が同僚から
本をもらったことがきっかけでした
すぐにみんなで
集会に行くようになりました
うちの家族にとって大きな変化でした
会衆のみんなが優しく歓迎してくれて
居場所があると思えて嬉しかったですね
変化の中には
受け入れやすいものもありました
初めて「新世界訳聖書」を受け取った時
それまで読んでいた欽定訳とは
全く違うと思いました
とても読みやすくて
理解しやすかったんです
すごく気に入って
毎日1章ずつ読み進めました
エホバが本当にいること
エホバと絆を深めることができる
ということが分かりました
そして 聖書をもっと学んでいって
16歳の時にバプテスマを
受けることができました
18歳の時に 今でいう
援助奉仕者に任命されました
最初の仕事は 書籍研究の
司会だったんですけど
自分より年上で
経験を積んだ人がたくさんいて
圧倒されてしまいました
皆さん ようこそ
え えーと・・・
正直 あの時は大変でしたね
自分でも何を言ってるか
分からない時もありましたし
資料を深く掘ることも
あまりできませんでした
でも 兄弟姉妹は
よく協力してくれました
新しい役割を果たす私を
エホバは支えてくれました
変化にもいろいろありますが
私にとって特に大きかったのは
1972年に起きたことでした
当時 私は会衆の僕として 一人で
会衆の物事を監督していました
でも その年から
長老団というグループで
会衆のお世話をすることになったんです
正直なところ
あまりいい気持ちがしませんでした
本当は心から協力したかったのに
そうできていない自分が嫌になりました
それで 変更の理由を
理解できるよう祈りました
だんだん エホバの見方で
考えられるようになって
エホバが助けてくれたと感じました
長老団という仕組みになって
もっとたくさんの兄弟たちが会衆の
お世話に関われるようになりました
これは本当に素晴らしい変化でした
経験豊かな年上の兄弟からも
力あふれる若者からも学んできました
「助言者が多ければ成功する」
という言葉の通りです
変化は続いていきますが
大事なのはエホバについていくことです
そうすれば必ずうまくいきます
最初はそう思えないとしても
そのうち分かります
私たちにとっての一番の変化は
これからやってきます
今ほど胸の躍る時代はありません
若い皆さん 時間を
無駄にしないでください
エホバが推し進めていることに
興味を持って それに関わってください
会衆の活動に打ち込んで
長老ともっとよく知り合って
今できる奉仕を
何でもやってみてください
エホバに頼って身を任せれば
興奮と喜びに満ちた人生を送れます
そろそろ失礼していいでしょうか
奉仕に行かないと
今では 長老団のいない会衆なんて
想像できないですよね
でも シュウェニング兄弟は
その変化を受け入れづらく感じました
エホバの見方ができるようになるのに
何が役立ったでしょうか
祈ったことと エホバが変化を起こした
理由を考えたことでした
今度は 2組の家族の話を
聞いてみましょう
兄弟姉妹はよく祈ったことで
自分をもっと広げて特別大会の
デリゲイツを泊めることができました
2015年 私たちの住んでいる
メデジンで特別大会が開かれました
その大会に来るデリゲイツたちを
家に泊められるかどうか聞かれたんです
でもその時はとにかく毎日が忙しくて
1日24時間じゃ足りないよって
思うくらいでした
息子もまだ11歳でしたし
妻も体調が良くなってきたばかりでした
それで 兄弟たちをちゃんと
もてなせるか自信がなくて
そんなタイミングだったので
「僕たち 今はできないよね
また今度にしようか」って
言っていました
息子が生まれた時から
エホバのことを愛して
ずっと仕えていってほしいって
いつも夫婦で祈っていました
エホバのことをもっと近くに感じられる
経験をしてほしいと思っていました
ある時 妻が言ったんです
「エホバってみんなに与える方だよね
私たちもそうなりたいね」
それで 何度も祈って みんなで
やるべきことを分担することにしました
そうすることで 兄弟姉妹を
お迎えする準備ができました
うちに泊まった兄弟姉妹は
あったかくて誠実な人たちでした
ずっと昔からの友達が
遊びに来てくれたって感じで
元気をもらえました
兄弟姉妹は エホバのことを
大事にしていて
クリスチャンとしての習慣をしっかり
持っている人たちだったんです
息子にとって そういう
兄弟姉妹と友達になって
いっぱい話したことが
いい刺激になりました
ある時 息子が
「大事な話がある」って言って
私の所に来て
どれほどエホバを愛しているか
話してくれました
そして こう言ったんです「お父さん
僕バプテスマを受けたい」って
大会をきっかけに 素晴らしい
兄弟姉妹と出会えたことは
本当に祈りの答えでした
今でも 兄弟姉妹との友情は
続いていますし
こちらから会いに行くこともあります
たくさんのいい思い出ができました
愛を広げて 兄弟姉妹を家に
泊めることにして 本当に良かったです
とても楽しかったですし
かけがえのない思い出です
まさか おもてなしがきっかけで
母と私の祈りが聞かれるなんて
思ってもいませんでした
アブラハムは全く知らない人を
もてなしました
私もずっと海外の兄弟姉妹を
もてなしたいと思っていたので
特別大会の話を聞いた時
「おっ これはチャンスだ」って
思ったんです
でも うちが住んでる家は
きれいな家具がいっぱいそろってる
立派な家って感じじゃなくて
泊まってもらっても ほんと寝て
食べてもらうってぐらいのお部屋で
ご飯を食べるテーブルだって
ほんと小さいし
ただ問題はそれだけじゃなかったんです
私は泊めるのに反対でした
「手伝う気はないから
何も頼まないで」って言ってました
妹はエホバの証人じゃなかったんです
勉強とか仕事のことばっかり
考えてました
でもさみしかったですし
なんだかむなしくて
全然幸せじゃなかったんです
泊まってくれたご夫婦は
気取らない人たちでした
なんていうか 面白くて優しくて
話しやすかったんです
私たちが出す料理全部
喜んで食べてくれたんです
ほんとに全部です
初めて会ったばかりなのに
ずっと前から知ってる友達が
来たみたいでした
その2人が本当に幸せそうだったので
どうしてかなって思ったんですけど
あ エホバのために生きてるから
なんだって気付いたんです
お母さんとお姉ちゃんが一生懸命
おもてなしをしてくれたことで
そのおかげで あの夫婦と
出会えたって思うと
本当に感謝の気持ちで
いっぱいになります
それがきっかけで エホバについて
知ってみたいって思えたんです
それで聖書レッスンを始めて
学んでいくうちに
エホバとの距離が縮まって
2020年3月7日にバプテスマを
受けることができました
一生の友達 本当の友達もできました
今もそのご夫婦とは仲良しです
実はグループチャットもあるんですよ
グループ名は「ビッグファミリー」です
そのご夫婦との時間は
ただ楽しいだけじゃなくて
家族にとってエホバからの
特別なプレゼントでした
ほかの人のために
自分にできることをすれば
家族の絆が強まり
新しい友達もできて
楽しい思い出をいっぱい作れます
でも 人生の中には忘れたい
苦い思い出もあるかもしれません
そういう経験をする時
次の朝の崇拝の内容が役に立ちます
タイトルは「私たちは皆
何度も過ちを犯します」です
ヤコブ 3:2には
「私たちは皆 何度も過ちを
犯します」と書かれています
この聖句から学べることは
たくさんありますね
続く部分を見ると これは特に言葉での
「過ち」だということが分かります
私たちはこれまでも どうすれば言葉で
過ちを犯さずに済むかについて
いろいろいいアドバイスを
学んできました
例えば よく考えて話すこととか
何かを言う前に10秒数えることとか
まずは相手の話をよく聞く
といったアドバイスです
でも こういう大事なことを
長年学んでいても
人を傷つけてしまうことがあります
相手が間違っていて 自分が正しいと
強く主張してしまったり
することがあります
言った後に後悔することも多いものです
ヤコブが使った「過ちを犯[す]」
という表現は
直訳すると「つまずく」という意味です
普通 道でつまずくと
誰かに見られてないか
と焦って周りを見回します
でも 少し冷静になると 足元を見て
なんで転んだんだろうと考えるはずです
何かが落ちていたのかもしれませんし
歩道のコンクリートが
盛り上がっていたり
割れていたりしたかもしれません
注意が不足していて 足がもつれて
しまったということもあり得ます
私も階段を下りている時に ついつい
考え事で頭がいっぱいになって
足元を見ていなくてよろけてしまう
ということがあります
そうそうあることではありませんが
意地悪な人が足を出してつまずかせて
くるなんてこともあります
道でつまずいた時 足元を見て
原因を考えるのは普通のことです
言葉で失敗した時も同じです
この話では 失敗は学びにつながる
ということを考えます
言葉で失敗をしてしまったら
時間を取ってこんなことを考えましょう
「自分はどうしてあんなふうに
反応してしまったんだろう
次に似たようなことが起きた時
どうすればもっと
いい反応ができるだろう」
こうやって 自分はどんな時に
言葉で失敗することが多いのかをよく
分かっているなら 事前に対策できます
そうしていれば
後悔するようなことを言わないよう
自分をコントロールしやすくなります
でも 自分がした失敗から
きちんと学んでいないなら
同じようなことを繰り返して
しまうかもしれません
私たちが言葉で失敗しやすくなる
場面はいろいろあります
疑いや恐れやプライドが
邪魔する時などです
この話では 2つの場面を取り上げて
どうすれば失敗せずに済むか考えます
まず考えたいのは よく知っている
身近な人といる時です
そういう人といると
遠慮がなくて敬意が欠けたことを
してしまうということがあります
今日の聖句を書いた イエスの弟
ヤコブのことを考えてみてください
ヤコブは子供の頃から
イエスと一緒に成長しました
弟からイエスはどんなふうに
見えていたんでしょうか
お母さんに気に入られようとして
完璧ぶっているお兄ちゃんって
感じだったでしょうか
まあ 実際完璧だったんですけどね
ヤコブは最初 イエスがメシアだ
ということを認められませんでした
まさか自分のお兄ちゃんがそうだとは
思えなかったのかもしれません
マルコ 3:21を見ると イエスの
家族の気持ちを覗くことができます
こうあります
「イエスの親族はそのことを聞き
イエスを捕まえに行った
『彼は頭がおかしくなってしまった』
と言っていた」
この聖句の注釈を見ると
ヤコブもそこにいたかもしれない
ということが書かれています
では ヤコブはイエスが復活した後
どう感じたでしょうか
イエスがどんなことをしたかについて
コリント第一 15:7にはこうあります
15章の7節をお読みします
「その後 キリストはヤコブの前に
それから全ての使徒たちの前に
現れました」
復活したイエスと2人だけで話せた時
ヤコブはどう感じたでしょうか
イエスにひどいことを言ってしまった
ことを後悔したかもしれません
イエスが本当にメシアだと
分かったからです
私たちの場合はどうでしょうか
夫や妻には ほかの人に言わないような
ひどいことを言ってしまったりしますか
家族からちくちく
気に障るようなことを言われて
かちんときたということがありますか
わざとそういうことを
してくることもあります
相手が家族じゃなかったら
こんな反応はしなかったのに
と思ったことがありますか
そうであれば よく知っている
身近な人といる時が
自分にとっての頑張りどころ
と言えるかもしれません
自分がいらいらしてしまうパターンが
分かったら それを断ち切りましょう
ここで言いたいのは 歩道の割れ目に
自分からつまずきに行く必要は
ないということです
危険に気付いたら 対策をして
よけましょう
次に考えたい場面は
人からきつく当たられた時です
そういう時 自分のことを守りたく
なるかもしれません
どうしてでしょうか
もしかすると 嫉妬やプライド
自分中心の考え方が原因に
なっているかもしれません
その人と過去にあった嫌なことを
思い出したせいかもしれません
ネガティブな反応の裏にある
感情を見分けると
どうすればそれを乗り越えて
もっとクリスチャンらしい反応が
できるかが分かるようになります
いろいろな場面で どんな良くない
反応をしてしまうことがあるでしょうか
言いたいことを分かってもらえて
いないと感じると
ついつい口調が強くなって
しまうでしょうか
失礼な態度を取られると こっちも
同じようにしよう となるでしょうか
変な言い掛かりをつけられると
こちらの正しさを証明したいと躍起に
なってしまうことがあるかもしれません
誤解されていると感じると
いらいらして
相手と口もききたくない
となってしまうかもしれません
ヤコブ 3:14-18には
良くない考えを
ポジティブな考えにどう置き換え
られるかが説明されています
3章14から18節です
「心の中に強い嫉妬や対抗心が
ある人は 自慢してはなりません
うそを言って真理に逆らっては
ならないのです
そのような人の知恵は
天から来るものではなく
地上のもの 動物的なもの
悪魔的なものです
嫉妬や対抗心があるところには
無秩序やあらゆる
不快なものがあるからです」
では どんな良いものに
置き換えられるでしょうか
「一方 天からの知恵を持つ人は
第一に清く 次いで平和を求め
分別があり 進んで従い
憐れみと良い実に満ち
差別をせず 偽善的ではありません
さらに 正しさの実は 平和を
つくり出している人たちのために
平和な状態の中でまかれた
種から生じます」
では 次に誰かからきつく当たられたら
何と言ってどう反応するでしょうか
前もって イメージトレーニングして
おくのもいいかもしれません
仲のいい友達との会話は
どんなふうに進むか予想がつくものです
ああ言えばこう返ってくる
という感じです
イメージトレーニングをしても
最初はなかなか
いい返しが思いつかないかもしれません
でも 何回もやるうちに
いい答え方が見つかるでしょう
ただ 相手と話してみると 練習とは
違うということもあるかもしれません
イメージトレーニングをする時に
目指したいのは
自分の感情をきちんと
コントロールできるようになること
そして みんなと仲良くする大切さに
目を向けられるようになることです
過去の間違いから学んで
心の準備をしていれば
言葉での失敗を減らして
舌をもっと上手にコントロール
できるようになります
最後に 失敗は学びに
つながるという点を
ヤコブ 3:6の例えを使って
まとめてみましょう
ヤコブは舌を「火」に例えました
もし火事を起こしてしまったとしたら
皆さんは「大変だったな」で
終わらせてしまいますか
いいえ きっと出火原因を
確かめるはずです
もしくは 誰かの調査が
入るかもしれません
原因はいろいろです
火をつけっぱなしにしてしまったこと
火力が強すぎたこと
油火災に水を掛けて
しまったことなどです
次からはそうしないよう
気を付けるはずです
言葉で失敗した時にも
同じ手順を踏んでください
状況をよく分析して どうすれば
似たような間違いを避けられるか
よく考えるようにしましょう
忘れないでください
どんな失敗も学びにつながります
失敗のことでくよくよ悩むのではなくて
そこから学ぶようにしましょう
そうすれば 苦い思い出も
プラスに変えていけます
家族の頭には重い責任があります
衣食住を備えたり
気持ちに寄り添ったり
エホバとの強い絆を持てるよう
助けたりする必要があります
今月のミュージックビデオで
ある家族のお父さんが
どうバランスを取っているか
見てみましょう
タイトルは「エホバに頼ろう」
エホバに頼ろう
どんな時も強くなれる
エホバはいつでも
私の手 離さない
離さない
毎日の生活に不安がのしかかる
どうやって乗り越えて
また一歩 踏み出すのか
エホバの愛を忘れたくない
その愛にずっと導かれたい
エホバに頼ろう
どんな時も強くなれる
エホバはいつでも
私の手 離さない
エホバはいつでも
私の手 離さない
エホバはいつでも
ちょっとした心配が足元で邪魔をする
そんな時 頼るのは人なのかエホバなのか
自分の力 頼りたくない
エホバの愛に守られてたい
エホバに頼ろう
どんな時も強くなれる
エホバはいつでも
私の手 離さない
エホバはいつでも
私の手 離さない
エホバはいつでも
私の手 離さない
どんな時も強くなれる
エホバはいつでも
私の手 離さない
エホバは一生懸命家族を
支えている皆さんの
愛や頑張りに気付いています
大変なこともあると思いますが
エホバに頼れば必ず支えてもらえます
本当に幸せな毎日を
送れるよう助けてもらえます
「宝を探そう」では
どうすれば聖書からなるべくたくさんの
宝を見つけられるか学んできました
今回は ヘブライ語聖書の
最後の書 マラキです
エホバがどんなふうに私たちを
精錬してくれるか考えましょう
もう12預言書も最後まで来ちゃったね
信じられない
ほんとだね
いやー あっという間だったな
調べてきて思ったんだけどさ
やっぱ 書かれた時の時代背景を
知るのって すごくいいよね
ほんとだよね マラキ書はどうかな
うーん ヘブライ語聖書の中で
最後の部分だし
書かれた時代も一番最後だよね
エホバはそれまでたくさんの
預言者たちを使って
正しい生き方を教えてきたのに
イスラエル人はまたすぐにエホバの
嫌いなことをするようになっちゃった
うん それが1章と2章から分かるよね
エホバのことを何とも思ってなくて
傷のある動物を捧げてた
奥さんを捨てる人もいた
外国の人と結婚したかったのかもね
祭司たちもそれでいいって思ってた
私だったら そんな人たちを見たら
もう知らないって思うだろうな
でもエホバはそうじゃなかった
だからマラキを遣わしたんだね
そうだね
読んでてさ 「おっ」て思った
言葉があるんだよね
ちょっとした言葉や表現に注目すると
見えてなかったものが見えてくるよね
確かに
で どんな言葉に引っ掛かったの?
3章3節にはエホバが
「銀​を​精錬​する​者⋯⋯と​し​て​座り
レビ​の​子​たち​を​清く​する」ってあって
この「精錬する者」っていうのと
「座[る]」って表現が気になったんだ
それで?
その言葉を「ものみの塔
オンライン・ライブラリー」で調べてみたら
こんなのが見つかったんだ
「古代の精錬過程には
時間がかかりました
それで精錬者は 『座し』て
液体となった金属がよく磨いた
鏡のように物を映し出すまで
また自分の姿がそこに見えるように
なるまで待つことがよくありました」
これってエホバがイスラエル人に
したことだよね
大変なことをなくすんじゃなくて
そういう中で正しく
生きられるように助けた
預言者たちも何人も送った
そうやってイスラエル人を
じっくり精錬したんだ
それがエホバだよね
がっかりさせられても強く当たったり
すぐに見捨てたりしない
うん エホバは座って 焦らず
時間をかけて精錬してくれる
昔も今も
聖書や任命した人たちを通して
教えてくれることもあるし
僕たちの前の壁を
そのままにしておくこともある
結構ぐさってくることを言われたり
壁が思ったより高くてなかなか
乗り越えられないこともあるけど
そうやって精錬してくれるんだ
ほんとそう
じゃあ エホバはどうしてそういう
ふうにしてくれるんだろうね
ポテンシャルを見てくれてるからかな
精錬されるって きついこともあるけど
でもそれだけエホバが
期待してくれてるってことだよね
エホバは僕たちに厳しくしようとして
るんじゃなくて 愛してくれてるんだね
だね エホバはマラキ書の
最初でこう言ってる
「私はあなたたちに愛を示した」
これもうちょっと掘ってみようよ
2018年の「ものみの塔」に
考えるといいポイントが載ってた
「自分はどう感じているか
どのように当てはめられるか」だって
うん そうやってじっくり
考えるのっていいよね
アドバイスされるのって
時々ぐさってくることあるけど
でもエホバが愛してくれてるからって
思うと受け入れやすくなるかな
エホバは自分にも見えてない
ポテンシャルを
見ててくれてるってことだから
僕も考えさせられるな
エホバが精錬してくれる時
逃げ出しちゃってないかな
自分にも変えなきゃいけないことが
あるって分かってるけど
そのことについて真剣に祈ってるかな
聖書を読んだり誰かに言われたりして
気付かされる時
軽く流さないでちゃんと
受け止めてるかな
壁にぶつかる時にはつらいなって
ばっかり考えてないで
もっと穏やかで辛抱強い人になる
ためのチャンスって見れてるかな
エホバが気付かせてくれる
自分の姿をちゃんと見ないとな
ほんとそうだね
金属も高温の熱で長い時間
火にかけられると
不純物が出てくるみたい
それと同じで 迫害とかストレスに
なることが思ってたより続くと
だんだんきつくなって 心の奥に
隠れてた気持ちが出てくるよね
私もそういうことがあって
黒いものが湧き上がってきたし
後悔するようなこと言っちゃった
もっとクリスチャンとして
成長してるって思ってたのに
そうだったんだ つらかったね
でもだからこそ この表現が
染みるんじゃない?
エホバは黒いものが出てくることは
最初から分かってて
きらきらした方に注目してくれる
だから エホバが自分の
良くないところに
気付かせてくれる時には
落ち込むんじゃなくて
もっときらきらした人になるための
チャンスって考えたいよね
確かに
エホバが大変なことをなくさないのは
輝く姿をイメージして
くれてるからだよね
そうやって ちょっとでも
エホバみたいに輝けたら
エホバも喜んでくれるはずだよね
ね 人をどう見るかも
エホバみたいになりたいな
その人のできてないところじゃなくて
いいところとかポテンシャルを
見るようにしたい
新しい世界で輝くその人の姿もね
うん エホバがその人のどんなとこを
愛してるのか考えるようにしたい
自分にとってはうーんって
思えるようなとこも
奉仕で強みになることだってあるもんね
夫婦でも一緒だね
相手の欠点じゃなくて輝いてるところを
見るようにしたいな
結婚して何年たってても
エホバは僕たちが輝けるって信じ続けて
くれてるから 僕たちもそうしたいね
たった1つの聖句だったけど
大事なこと学べたね
ほんとだね
書かれた時の時代背景を考えて
使われている表現に注目して
自分にどう役立てられるか
じっくり考えるっていいよね
まだまだ学べることはたくさんありそう
マラキの預言がメシアに
どうつながっていったかとか
そうだね マラキはメシアが来る前の
ヘブライ語聖書最後の預言者だったけど
そこで話は終わらなかった
マラキの預言が
バプテストのヨハネにつながって
バプテストのヨハネが
イエスにつながった
すごいよね
マラキからはエホバが女性を
大事にしてるのも分かるし
特別な所有物っていう表現が
僕たちとどう関係があるかも考えたいな
いやー もっともっと掘っていきたいね
預言書を学ぶってほんとに面白いね
エホバの揺るぎない愛とか
優しさ 思いやり そして力
エホバの魅力がいろんな
ところに詰まってた
ほんと エホバについての
新発見がたくさんあったね
聖書から宝を探す旅は
まだ始まったばっかりだ
エホバは エホバの証人という
グループ全体だけでなく
私たち一人一人のことも
精錬してくれています
ぜひ時間を取って
自分のことをエホバはどう精錬して
くれているか考えるようにしましょう
「宝を探そう」のシリーズでは
12預言書の時代の様子が
生き生きと描かれました
そういう動画を作るには 例えば
イスラエルの村のセットを作ったり
現代の部屋のセットを
準備したりする必要があります
そういうリアルな世界観を
作り出すために
どんなことが行われているのか
気になりませんか
では 舞台裏をのぞいてみましょう
私たちが動画を作る時に
目指しているのは
心に響くような方法で教えることです
それで リアルな世界観を作って
本物だと感じてほしいと思っています
プロジェクトの初めにセットを作るか
今ある物で撮影できるか考えます
大事な寄付を使って制作しているので
できる限り資金を
有効活用したいと思っています
兄弟姉妹が一生懸命働いて稼いだ
お金を寄付してくれているので
セットを作る時もできるだけ
無駄を少なくしたいと思っています
それで セットを作るんじゃなくて
どこかの場所を活用できないか
まず調べます
兄弟姉妹の家を
お借りすることもありますし
許可をもらって公共の場所を
使うこともあります
ベテルの中で撮影が済むこともあります
例えば ある時 病院のシーンを
撮影することになったんですけど
兄弟たちはセットを作ったり
病院に行ったりはしませんでした
ベテルの中でそれらしく見える
窓を見つけて そこで撮影しました
その後に赤ちゃんの映像素材を
差し込むことで
1つのシーンが完成しました
でも ぴったりの場所が
見つからない時もあって
そういう時はセットを
作ることを考えます
セットを作ることになったら
プロダクション・デザイナーは
チームの兄弟姉妹と話し合って
何を準備したらいいかを考えます
撮影監督はチームと一緒に
どんなシーンをどんな角度で
撮影するといいかを考えます
そうすることで
プロダクション・デザイナーは
そのシーンで特に何を見せたいかを
知ることができます
ストーリーを伝えるのに本当に
必要な物だけを作るんです
普通 何かを建てる時には
長持ちさせることを考えますよね
でも セットを作る時は違うんです
簡単に組み立てられて
簡単に解体できるのが大事なんです
見栄えは大事ですけど
長持ちはしなくていいんです
本物らしく見えるけど
実は使えないって物も結構あります
例えば このキッチンの扉や
引き出しは開きません
階段があると 2階があるように
思えるかもしれませんね
でも 上ってみても2階はないんです
時間もお金も節約できます
セットを作る時よく使うのが
フラットと呼ばれる壁パネルです
前もって作っておくことができて
簡単に組み立てて
設置することができます
撮影が終わっても
捨てるわけじゃありません
もし色を塗ったり
何かを取り付けたりしていたら
プロジェクトの後に表面を外します
タッカーの芯なども全部取り外します
それから 新しい
ベニヤ板を取り付けます
これでまた次の撮影で使えます
こうやって9年以上使ってる
パネルもあるんです
新しいセットを作る前に
いつも考えることがあります
そのセットは再利用したり 加工して
また別の撮影で使えるかということです
例えば あのヒゼキヤのドラマの時にも
作ったセットをなるべく別の撮影でも
使えるようにしてほしいと言われました
10年たった今でも
使っている物があります
私たちの部門では
どうしたら資材を長期的に
有効活用できるかを考えています
例えば ヨシヤの映画のセットは
ネヘミヤの映画や
ダビデの動画でも使われました
現代風の教室のセットを作り変えて
一昔前の教室にしたり
南米の家族が住んでいる
家にしたりしました
いろんな動画の撮影で使える
王国会館のセットもあります
普通の王国会館とは違って
30人ぐらいしか人が入っていなくても
席が埋まって見えるような
デザインになっています
後ろの第2会場を別のシーンの
撮影で使うこともあります
寝室にしたり
インタビュー用の場所にしたりします
でも同じセットを使う時には
見ている人が「また同じ所で撮ってる」って
分からないようにしたいと思っています
そこで小道具の使い方が
重要になってきます
そういうちょっとした工夫で
同じ場所が全然違う場所に
見えてくるんです
正確で魅力的なセットを作ること自体
やりがいがあります
でもチームの悩みをシンプルで
クリエイティブに解決できると
より達成感を感じます
いろいろな才能やアイデアに
あふれる兄弟姉妹と
働くことができて とてもうれしいです
チームのみんなは
シンプルなセットを使って
とても魅力的な映像を作り出しています
そうやってエホバの教えが兄弟姉妹の
心に真っすぐに届くよう頑張っています
こういういろいろな動画は
エホバからの素晴らしい
贈り物だと思いませんか
そのために 兄弟姉妹がいろんな
工夫や努力をしているのを知って
感謝が深まったんじゃないでしょうか
今月のプログラムでは
エホバの願っている方法で
記憶力を使うことについて考えました
また変化を受け入れたり
人のためになることをしたり
エホバに精錬してもらったりする
大切さも学べました
今月のビデオレターは
カンボジアからです
東南アジアの中心部に位置する
カンボジアは
活気ある文化や
おいしい料理で知られています
市場は地元の人でにぎわっています
そこで買った新鮮な食材を使って
バナナの葉で包んだ魚のカレー料理
アモック・トレイを
作ることがよくあります
都市部を離れて旅をしてみると
カンボジアの美しい
豊かな自然を楽しめます
北東部には迫力のある滝があったり
保護林にはアジアゾウや
オニトキなどの
野生動物が生息していたりします
国のいたる所で
美しいハスの花を楽しむこともできます
カンボジアは 独特な色合いを持つ
ラタナキリ・ブルー・ジルコン
と呼ばれる
宝石の産地でもあります
この美しい色は 高い温度で
熱する工程を経て生まれ
その色が変わることはありません
1950年代後半
良い知らせを伝えるため 宣教者たちが
カンボジアにやって来ます
しかし その後 政情が不安定になり
1965年には
ジョージ・クロフォードや
キャロリン・クロフォードといった
宣教者たちは
国を出なければいけなくなりました
しばらく宗教活動が行えなくなり
カンボジアには25年近く
エホバの証人が一人もいませんでした
でも エホバはカンボジアにいる
心の正直な人たちのことを
忘れていませんでした
1993年にエホバの証人の活動は
再び法的に認められるようになり
宣教者もまた
活動できるようになりました
それから33年経った今
カンボジアの土地や人の美しさを知って
世界中から集まった
数百人の兄弟姉妹を含む
1200人以上の伝道者が
奉仕しています
そして1400件以上の
レッスンが司会されています
カンボジアを訪れる人たちは
その誠実で温かい人柄を
すぐに好きになります
最近 カンボジアで
初めてのSKEが開かれ
20人の兄弟姉妹が出席しました
その中には 1999年に
ギレアデを卒業してから
またそういう学校に
行きたいと思っていた
宣教者の夫婦も含まれていました
そうした経験豊かな宣教者と
カンボジア人の若い兄弟姉妹が
一緒に学べる素晴らしいクラスでした
卒業生のうちの2人は
チュバー・アンポウ会衆に
割り当てられました
この会衆は 120キロ離れた
スバイリエンの遠隔地の
グループをサポートしています
グループの人たちは ビデオ通話で
つないで集会に参加しています
会衆の仲間たちも
時折スバイリエンに行って
一緒に伝道したり
交友を楽しんだりしています
チュバー・アンポウ会衆の兄弟姉妹と
スバイリエンのグループの仲間から
皆さんに温かい愛とあいさつが
届いています
世界中で兄弟姉妹がエホバを
賛美している様子を見ると
やる気がもらえますね
エホバの証人の世界本部から
JW Broadcastingでした