失われていた聖書翻訳の原稿が発見される
Video
Other languages
Share text
Share link
Show times
Hide times
00:00:13
ここはイギリスのバーミンガム00:00:15
00:00:15
科学者 また牧師として知られている00:00:18
00:00:18
ジョセフ・プリーストリーが
住んでいた場所です00:00:21
00:00:21
1789年 プリーストリーは何人かの
有能な人たちから成るグループで00:00:27
00:00:27
聖書を英語に翻訳する
作業に取り掛かりました00:00:30
00:00:30
過去200年にわたって
このプロジェクトは失敗に終わり00:00:34
00:00:34
翻訳した物は全く残っていないと
考えられてきました00:00:39
00:00:39
この翻訳にはどんな特徴がありますか00:00:42
00:00:42
どうして出版されなかったんでしょうか00:00:44
00:00:44
プリーストリーの
翻訳プロジェクトについて00:00:47
00:00:47
何人かの学者から話を
聞いてみましょう00:00:50
00:00:50
プリーストリーは 電気や気体といった
科学の分野で業績を残しました00:00:55
00:00:56
酸素を発見した人として知られています00:00:59
00:00:59
プリーストリーは非凡な
才能の持ち主でした00:01:03
00:01:03
今では科学者として有名ですが00:01:05
00:01:05
プリーストリーがもっと情熱を
注いだのは別の分野です00:01:09
00:01:09
彼は宗教家 神学者として
知られることを望んでいました00:01:14
00:01:14
プリーストリーは言語の才能に恵まれ00:01:17
00:01:17
優れた記憶力を持っていました00:01:20
00:01:20
また とてもタフな人でした00:01:23
00:01:23
プリーストリーはおそらく
15歳くらいの時にヘブライ語を学び00:01:27
00:01:27
その後 ギリシャ語やラテン語も
習得しました00:01:30
00:01:30
また 当時 学ぶことができた00:01:33
00:01:33
セム語系の幾つかの
言語も習得しました00:01:36
00:01:36
プリーストリーがそんなふうに
いろいろな言語に精通していたことは00:01:41
00:01:41
聖書翻訳を見直すのに役立ちました00:01:44
00:01:44
「ジェームズ王欽定訳」を00:01:46
00:01:46
元の言語で書かれた聖書と
比較することができたからです00:01:51
00:01:52
当時も元のヘブライ語やギリシャ語で
写本が幾つか入手できました00:01:58
00:01:58
権威ある翻訳とされていた00:02:00
00:02:00
「ジェームズ王欽定訳」が
ベースにしていた物以外にも00:02:03
00:02:03
見比べられる写本が
あったということです00:02:06
00:02:06
確かに「ジェームズ王欽定訳」は
格調高く美しい訳です00:02:11
00:02:11
一方で 一部の訳は正確ではありません00:02:14
00:02:14
後から付け足された部分もあります00:02:17
00:02:17
プリーストリーは当時
一般的だった解釈にとらわれず00:02:21
00:02:21
自分で真理を探究しました00:02:23
00:02:23
彼が特に大切だと考えたのは00:02:26
00:02:26
全能の神が イエスと同じではなく
別々の存在だという真理です00:02:32
00:02:32
1783年に出版した本には
こう書かれています00:02:37
00:02:38
「神はただひとりだと
み言葉は教えている00:02:43
00:02:43
その方は全てのものの創造主
また統治者である00:02:47
00:02:47
我々が崇拝すべきただひとりの神である00:02:51
00:02:51
この方が人類を導くために
イエス・キリストを遣わし00:02:55
00:02:55
奇跡を起こす力を与え
死からよみがえらせた00:02:59
00:02:59
昔も今もイエスが持つ力は
全て神からのものである」00:03:04
00:03:04
プリーストリーは「欽定訳」では00:03:06
00:03:06
神とキリストの区別が
曖昧になっていると感じます00:03:10
00:03:10
それで1787年に00:03:13
00:03:13
親友であり 牧師でもある00:03:15
00:03:15
テオフィロス・リンジーに
手紙を送ります00:03:18
00:03:18
リンジーは英国国教会の聖職者でしたが00:03:22
00:03:22
三位一体などの教えに徐々に
疑問を持つようになりました00:03:27
00:03:27
やがて聖書の教理について
プリーストリーが考えていたことに00:03:32
00:03:32
共鳴するようになります00:03:34
00:03:34
プリーストリーはリンジーに
こう書きました00:03:37
00:03:37
「新たな聖書翻訳について あなたの
賛同を得られたことをうれしく思います00:03:42
00:03:42
私たちが一緒に取り組めば
さほど難しくないはずです00:03:46
00:03:46
あなたは新約聖書 私は旧約聖書を
翻訳するというのはどうでしょうか00:03:51
00:03:51
3年あれば完成すると思います」00:03:54
00:03:54
3年で終えるというのは00:03:56
00:03:56
かなり強気な目標でした00:03:59
00:03:59
「ジェームズ王欽定訳」は
47人の学者が00:04:02
00:04:02
7年かけて完成させた物です00:04:05
00:04:05
それでプリーストリーとリンジーは00:04:08
00:04:08
さらに2人の仲間に加わってもらって
プロジェクトを始めました00:04:13
00:04:14
このチームが目指していたのは00:04:16
00:04:16
もっと正確に翻訳する必要の
ある部分を変更して00:04:20
00:04:20
「ジェームズ王欽定訳」を
改訂することでした00:04:24
00:04:24
それで作業の指針となる
ルールを作ることにしました00:04:29
00:04:30
そのルールの1つは
当時出版されていた00:04:34
00:04:34
英語やほかの言語のどの聖書とも00:04:36
00:04:36
全く異なる翻訳を生み出す
ことにつながりました00:04:41
00:04:41
とてもシンプルなルールです00:04:44
00:04:44
旧約聖書の元のヘブライ語に
神の名前が出てくる所では00:04:49
00:04:49
「主」ではなく「エホバ」
という名前を使い00:04:54
00:04:54
新約聖書で神とキリストを
区別する必要のある所でも00:04:59
00:04:59
エホバの名前を使います00:05:02
00:05:13
といっても 目新しい試みでは
ありませんでした00:05:16
00:05:16
これはホプトン・ヘインズが
書いた本です00:05:20
00:05:20
プリーストリーがプロジェクトを
始める40年ほど前00:05:23
00:05:23
ヘインズは全く同じことを
提案していました00:05:27
00:05:28
ヘインズは「ジェームズ王
欽定訳」について00:05:31
00:05:31
元の言語にあった通り 「エホバ」の
名前を残すべきだったと言っています00:05:36
00:05:36
また もし新約聖書で「主」という
言葉が頻繁に出てくる所で00:05:41
00:05:41
「エホバ」という名前が使われていたら00:05:43
00:05:44
主なる神と主なるキリストとの違いが00:05:47
00:05:47
もっと明確になっていただろう
とも言っています00:05:50
00:05:50
プリーストリーたちはこの
考えに同意していました00:05:54
00:05:55
ただ プロジェクトを進めていくには
もっと助けが必要だったので00:05:59
00:05:59
ほかの学者たちにも協力を求めます00:06:02
00:06:02
でも 応じた人はわずかでした00:06:04
00:06:04
ためらうのには理由がありました00:06:07
00:06:07
18世紀のイングランドで聖書を
新しく翻訳するというのは00:06:12
00:06:12
ただ大仕事なだけでなく
危険なことだったからです00:06:16
00:06:23
当時は翻訳することに反感を
持つ人が大勢いました00:06:28
00:06:28
翻訳に取り掛かっても 完成させることが
できなかった人がたくさんいました00:06:33
00:06:34
英国国教会は「ジェームズ王欽定訳」を
よりどころにして教えていました00:06:40
00:06:40
この訳を公認し 教理の
土台にしていたわけです00:06:43
00:06:43
それで もし「欽定訳」では不十分だ
などと言おうものなら00:06:48
00:06:48
教会に異を唱えていることになります00:06:51
00:06:51
ましてや別の聖書翻訳を
作り出したりすれば00:06:55
00:06:55
新しい教義を持ち込み 教会に
盾突くことになってしまいます00:07:00
00:07:08
でも チームの最初の打ち合わせ
から3カ月もしないうちに00:07:12
00:07:12
同じような志を持つ学者たちが
協力を申し出るようになります00:07:17
00:07:17
ロバート・エドワード・ガーナムも
その1人です00:07:21
00:07:21
今ケンブリッジに来ています00:07:22
00:07:23
ガーナムがしたことについて
ニコラス・ベル博士と00:07:26
00:07:26
クリス・リード博士から
話を聞きましょう00:07:29
00:07:33
ロバート・ガーナムは
1769年 16歳の時に00:07:37
00:07:37
トリニティー・カレッジに入学しました00:07:40
00:07:40
ガーナムは1年後には特待生になり00:07:42
00:07:42
やがてその大学の講師として
働くようになります00:07:46
00:07:46
彼はここトリニティー・カレッジの
レン図書館で00:07:50
00:07:50
調査や研究に打ち込んだ
ものと思われます00:07:53
00:07:53
当時の図書館はそこまで
充実していませんでしたが00:07:56
00:07:56
蔵書の半分以上は聖書や
聖書関連の解説書でした00:08:02
00:08:02
ここに来れば 聖書の研究に必要な
本をいくらでも参照して00:08:06
00:08:06
徹底的に調べることができました00:08:10
00:08:10
プリーストリーとリンジーは00:08:12
00:08:12
高い知性に恵まれたガーナムの
研究を大いに評価していました00:08:17
00:08:17
さらにガーナムは疲れをものともせず
働く人でもありました00:08:22
00:08:22
この人の聖書への探究心の
強さには本当に驚かされます00:08:27
00:08:28
ガーナムが聖書をどれほど深く
研究したかを知ると感銘を受けます00:08:33
00:08:34
ガーナムは目立たないように00:08:36
00:08:36
でも迅速に仕事をしました00:08:39
00:08:39
自分に任されていた新約聖書の
手紙の部分の翻訳を終えて00:08:44
00:08:44
さらに別の部分にも取り掛かります00:08:46
00:08:46
プリーストリーは 1789年00:08:49
00:08:49
11月25日付のリンジー宛の
手紙でこう書いています00:08:53
00:08:53
「ガーナム氏は我々にとって
なくてはならない存在である」00:08:58
00:08:58
リンジーはチームのほかの
メンバーにこう言っています00:09:01
00:09:01
「ガーナム氏ほど勤勉に
働く者はほかにいない」00:09:05
00:09:05
プリーストリーのチームが
取り組んでいた聖書の翻訳作業は00:09:09
00:09:09
間もなく完了しようとしていました00:09:12
00:09:12
しかし 1791年00:09:15
00:09:15
バーミンガム暴動が起こります00:09:17
00:09:17
18世紀のイギリスでも
特に大きな暴動でした00:09:21
00:09:21
プリーストリーたちはほかの人とは
違う政治的思想を持っていて00:09:26
00:09:26
教会の教えを批判していました00:09:28
00:09:28
英国国教会の聖職者たちは
それを脅威に感じており00:09:32
00:09:33
結局4日間の暴動に発展します00:09:35
00:09:35
何人かの暴徒が亡くなり00:09:37
00:09:37
プリーストリーの家やたくさんの
建物が破壊されました00:09:41
00:09:41
フェアヒルにあったプリーストリーの
自宅は燃やされてしまいます00:09:45
00:09:45
プリーストリーは辛くも逃げ延びました00:09:47
00:09:47
でも 彼の書いた物は窓から
投げ捨てられました00:09:50
00:09:51
プリーストリーの原稿 本00:09:53
00:09:53
翻訳に関係した物は
何も残らなかったかに思われました00:09:58
00:09:58
1794年 プリーストリーは
イングランドを離れ00:10:02
00:10:02
アメリカに行きます00:10:04
00:10:04
故郷からも友人からも
慣れ親しんだ環境からも引き離され00:10:08
00:10:08
つらい日々を送ることになります00:10:12
00:10:12
蔵書も 一緒に働くチームも
失ったプリーストリーは00:10:16
00:10:16
翻訳プロジェクトを
中断せざるを得なくなります00:10:19
00:10:19
その後も再開することは
ありませんでした00:10:23
00:10:23
では ガーナムは
どうなったんでしょうか00:10:27
00:10:27
それを知る手掛りはロンドンにあります00:10:31
00:10:31
ガーナムはとても用心深く00:10:33
00:10:33
書いた物を匿名で出版する
ことしかしませんでした00:10:37
00:10:37
プリーストリーの家が襲撃され
プロジェクトが中断させられた後は00:10:41
00:10:42
翻訳した物を出版するのをやめました00:10:45
00:10:45
その後 ガーナムの聖書に
対する考え方は変わり00:10:50
00:10:50
信仰も失ってしまいます00:10:53
00:10:53
そして 1802年
49歳で亡くなります00:10:58
00:10:58
ガーナムが翻訳した物は
どうなりましたか00:11:02
00:11:02
原稿は残っていますか00:11:04
00:11:05
その後の200年間 何も残って
いないと思われていました00:11:10
00:11:11
ところが2017年 研究者たちは00:11:14
00:11:14
ロンドン中心部の
「ウィリアムズ博士の図書館」で00:11:17
00:11:17
予想外の物を発見します00:11:20
00:11:20
何でしょうか00:11:22
00:11:27
保存状態の良い原稿が
2セット見つかりました00:11:31
00:11:31
2つ合わせると
新約聖書をほぼ網羅します00:11:35
00:11:35
1つはまだ下書きレベルですが00:11:37
00:11:37
もう1つはかなり完成に
近づいた物です00:11:40
00:11:40
片方には はっきりとR E Gという
イニシャルが書かれています00:11:45
00:11:45
ロバート・エドワード・ガーナムです00:11:49
00:11:50
研究者たちの調査の結果
見つかったこの原稿は00:11:54
00:11:54
プリーストリーのプロジェクトで
作られた翻訳物の中で00:11:57
00:11:57
残っている唯一の物だと判明しました00:12:01
00:12:01
まさに大発見です00:12:04
00:12:04
こういう原稿が見つかるのは
とても珍しいことだと思います00:12:08
00:12:08
これまで何も発見されていなかったので00:12:11
00:12:11
注目に値します00:12:13
00:12:13
ガーナムが翻訳した物は いろんな
点でほかの物より優れていました00:12:17
00:12:17
よく知られた聖句の多くで それまでに
ない新しい表現を取り入れています00:12:23
00:12:23
例えば「ジェームズ王欽定訳」で00:12:26
00:12:26
「全世界は悪の下にある」と
なっている所を00:12:30
00:12:30
ガーナムは「全世界は悪しき者の
配下にある」と訳しています00:12:37
00:12:37
また ガーナムは
「地獄」と訳されていた00:12:41
00:12:41
ギリシャ語の「ハデス」という言葉を00:12:45
00:12:45
「墓」と訳しました00:12:48
00:12:48
とはいえ 特に注目できるのは00:12:50
00:12:50
エホバの名前を使っていることです00:12:54
00:12:56
「ジェームズ王欽定訳」で00:12:58
00:12:58
「心をつくし⋯⋯主なるあなたの神を
愛せよ」となっている所を00:13:04
00:13:04
ガーナムは「心をつくし⋯⋯あなたの神
エホバを愛せよ」と訳しています00:13:12
00:13:13
ほかの翻訳聖書が神の名前を
ほんの数カ所しか使ってないのに対し00:13:18
00:13:18
ガーナムはプリーストリーの
チームの方針に沿って00:13:22
00:13:22
新約聖書でエホバの名前を
200回ほど使っています00:13:28
00:13:29
全部あの暴動で失われたと
思っていました00:13:33
00:13:33
でも 私たちの図書館で00:13:35
00:13:35
ガーナムの翻訳した
新約聖書が見つかったんです00:13:38
00:13:38
この発見には非常に驚きました00:13:41
00:13:42
ウィリアムズ図書館で見つかったのは
本当に素晴らしい原稿です00:13:46
00:13:46
ヘブライ語とギリシャ語に
精通した学者たちが00:13:49
00:13:49
注意深く手掛けた物だからです00:13:51
00:13:51
この発見には胸が躍ります00:13:54
00:13:54
もっと多くの人に
知っていただきたいです00:13:56
00:13:56
18世紀に新約聖書を
英語に翻訳するという00:14:01
00:14:01
ガーナムたちの取り組みは00:14:03
00:14:03
聖書翻訳の歴史に新たな
ページを加えました00:14:07
00:14:07
もし出版されていたら本当に画期的な
ものだったに違いありません00:14:12
失われていた聖書翻訳の原稿が発見される
-
失われていた聖書翻訳の原稿が発見される
ここはイギリスのバーミンガム
科学者 また牧師として知られている
ジョセフ・プリーストリーが
住んでいた場所です
1789年 プリーストリーは何人かの
有能な人たちから成るグループで
聖書を英語に翻訳する
作業に取り掛かりました
過去200年にわたって
このプロジェクトは失敗に終わり
翻訳した物は全く残っていないと
考えられてきました
この翻訳にはどんな特徴がありますか
どうして出版されなかったんでしょうか
プリーストリーの
翻訳プロジェクトについて
何人かの学者から話を
聞いてみましょう
プリーストリーは 電気や気体といった
科学の分野で業績を残しました
酸素を発見した人として知られています
プリーストリーは非凡な
才能の持ち主でした
今では科学者として有名ですが
プリーストリーがもっと情熱を
注いだのは別の分野です
彼は宗教家 神学者として
知られることを望んでいました
プリーストリーは言語の才能に恵まれ
優れた記憶力を持っていました
また とてもタフな人でした
プリーストリーはおそらく
15歳くらいの時にヘブライ語を学び
その後 ギリシャ語やラテン語も
習得しました
また 当時 学ぶことができた
セム語系の幾つかの
言語も習得しました
プリーストリーがそんなふうに
いろいろな言語に精通していたことは
聖書翻訳を見直すのに役立ちました
「ジェームズ王欽定訳」を
元の言語で書かれた聖書と
比較することができたからです
当時も元のヘブライ語やギリシャ語で
写本が幾つか入手できました
権威ある翻訳とされていた
「ジェームズ王欽定訳」が
ベースにしていた物以外にも
見比べられる写本が
あったということです
確かに「ジェームズ王欽定訳」は
格調高く美しい訳です
一方で 一部の訳は正確ではありません
後から付け足された部分もあります
プリーストリーは当時
一般的だった解釈にとらわれず
自分で真理を探究しました
彼が特に大切だと考えたのは
全能の神が イエスと同じではなく
別々の存在だという真理です
1783年に出版した本には
こう書かれています
「神はただひとりだと
み言葉は教えている
その方は全てのものの創造主
また統治者である
我々が崇拝すべきただひとりの神である
この方が人類を導くために
イエス・キリストを遣わし
奇跡を起こす力を与え
死からよみがえらせた
昔も今もイエスが持つ力は
全て神からのものである」
プリーストリーは「欽定訳」では
神とキリストの区別が
曖昧になっていると感じます
それで1787年に
親友であり 牧師でもある
テオフィロス・リンジーに
手紙を送ります
リンジーは英国国教会の聖職者でしたが
三位一体などの教えに徐々に
疑問を持つようになりました
やがて聖書の教理について
プリーストリーが考えていたことに
共鳴するようになります
プリーストリーはリンジーに
こう書きました
「新たな聖書翻訳について あなたの
賛同を得られたことをうれしく思います
私たちが一緒に取り組めば
さほど難しくないはずです
あなたは新約聖書 私は旧約聖書を
翻訳するというのはどうでしょうか
3年あれば完成すると思います」
3年で終えるというのは
かなり強気な目標でした
「ジェームズ王欽定訳」は
47人の学者が
7年かけて完成させた物です
それでプリーストリーとリンジーは
さらに2人の仲間に加わってもらって
プロジェクトを始めました
このチームが目指していたのは
もっと正確に翻訳する必要の
ある部分を変更して
「ジェームズ王欽定訳」を
改訂することでした
それで作業の指針となる
ルールを作ることにしました
そのルールの1つは
当時出版されていた
英語やほかの言語のどの聖書とも
全く異なる翻訳を生み出す
ことにつながりました
とてもシンプルなルールです
旧約聖書の元のヘブライ語に
神の名前が出てくる所では
「主」ではなく「エホバ」
という名前を使い
新約聖書で神とキリストを
区別する必要のある所でも
エホバの名前を使います
といっても 目新しい試みでは
ありませんでした
これはホプトン・ヘインズが
書いた本です
プリーストリーがプロジェクトを
始める40年ほど前
ヘインズは全く同じことを
提案していました
ヘインズは「ジェームズ王
欽定訳」について
元の言語にあった通り 「エホバ」の
名前を残すべきだったと言っています
また もし新約聖書で「主」という
言葉が頻繁に出てくる所で
「エホバ」という名前が使われていたら
主なる神と主なるキリストとの違いが
もっと明確になっていただろう
とも言っています
プリーストリーたちはこの
考えに同意していました
ただ プロジェクトを進めていくには
もっと助けが必要だったので
ほかの学者たちにも協力を求めます
でも 応じた人はわずかでした
ためらうのには理由がありました
18世紀のイングランドで聖書を
新しく翻訳するというのは
ただ大仕事なだけでなく
危険なことだったからです
当時は翻訳することに反感を
持つ人が大勢いました
翻訳に取り掛かっても 完成させることが
できなかった人がたくさんいました
英国国教会は「ジェームズ王欽定訳」を
よりどころにして教えていました
この訳を公認し 教理の
土台にしていたわけです
それで もし「欽定訳」では不十分だ
などと言おうものなら
教会に異を唱えていることになります
ましてや別の聖書翻訳を
作り出したりすれば
新しい教義を持ち込み 教会に
盾突くことになってしまいます
でも チームの最初の打ち合わせ
から3カ月もしないうちに
同じような志を持つ学者たちが
協力を申し出るようになります
ロバート・エドワード・ガーナムも
その1人です
今ケンブリッジに来ています
ガーナムがしたことについて
ニコラス・ベル博士と
クリス・リード博士から
話を聞きましょう
ロバート・ガーナムは
1769年 16歳の時に
トリニティー・カレッジに入学しました
ガーナムは1年後には特待生になり
やがてその大学の講師として
働くようになります
彼はここトリニティー・カレッジの
レン図書館で
調査や研究に打ち込んだ
ものと思われます
当時の図書館はそこまで
充実していませんでしたが
蔵書の半分以上は聖書や
聖書関連の解説書でした
ここに来れば 聖書の研究に必要な
本をいくらでも参照して
徹底的に調べることができました
プリーストリーとリンジーは
高い知性に恵まれたガーナムの
研究を大いに評価していました
さらにガーナムは疲れをものともせず
働く人でもありました
この人の聖書への探究心の
強さには本当に驚かされます
ガーナムが聖書をどれほど深く
研究したかを知ると感銘を受けます
ガーナムは目立たないように
でも迅速に仕事をしました
自分に任されていた新約聖書の
手紙の部分の翻訳を終えて
さらに別の部分にも取り掛かります
プリーストリーは 1789年
11月25日付のリンジー宛の
手紙でこう書いています
「ガーナム氏は我々にとって
なくてはならない存在である」
リンジーはチームのほかの
メンバーにこう言っています
「ガーナム氏ほど勤勉に
働く者はほかにいない」
プリーストリーのチームが
取り組んでいた聖書の翻訳作業は
間もなく完了しようとしていました
しかし 1791年
バーミンガム暴動が起こります
18世紀のイギリスでも
特に大きな暴動でした
プリーストリーたちはほかの人とは
違う政治的思想を持っていて
教会の教えを批判していました
英国国教会の聖職者たちは
それを脅威に感じており
結局4日間の暴動に発展します
何人かの暴徒が亡くなり
プリーストリーの家やたくさんの
建物が破壊されました
フェアヒルにあったプリーストリーの
自宅は燃やされてしまいます
プリーストリーは辛くも逃げ延びました
でも 彼の書いた物は窓から
投げ捨てられました
プリーストリーの原稿 本
翻訳に関係した物は
何も残らなかったかに思われました
1794年 プリーストリーは
イングランドを離れ
アメリカに行きます
故郷からも友人からも
慣れ親しんだ環境からも引き離され
つらい日々を送ることになります
蔵書も 一緒に働くチームも
失ったプリーストリーは
翻訳プロジェクトを
中断せざるを得なくなります
その後も再開することは
ありませんでした
では ガーナムは
どうなったんでしょうか
それを知る手掛りはロンドンにあります
ガーナムはとても用心深く
書いた物を匿名で出版する
ことしかしませんでした
プリーストリーの家が襲撃され
プロジェクトが中断させられた後は
翻訳した物を出版するのをやめました
その後 ガーナムの聖書に
対する考え方は変わり
信仰も失ってしまいます
そして 1802年
49歳で亡くなります
ガーナムが翻訳した物は
どうなりましたか
原稿は残っていますか
その後の200年間 何も残って
いないと思われていました
ところが2017年 研究者たちは
ロンドン中心部の
「ウィリアムズ博士の図書館」で
予想外の物を発見します
何でしょうか
保存状態の良い原稿が
2セット見つかりました
2つ合わせると
新約聖書をほぼ網羅します
1つはまだ下書きレベルですが
もう1つはかなり完成に
近づいた物です
片方には はっきりとR E Gという
イニシャルが書かれています
ロバート・エドワード・ガーナムです
研究者たちの調査の結果
見つかったこの原稿は
プリーストリーのプロジェクトで
作られた翻訳物の中で
残っている唯一の物だと判明しました
まさに大発見です
こういう原稿が見つかるのは
とても珍しいことだと思います
これまで何も発見されていなかったので
注目に値します
ガーナムが翻訳した物は いろんな
点でほかの物より優れていました
よく知られた聖句の多くで それまでに
ない新しい表現を取り入れています
例えば「ジェームズ王欽定訳」で
「全世界は悪の下にある」と
なっている所を
ガーナムは「全世界は悪しき者の
配下にある」と訳しています
また ガーナムは
「地獄」と訳されていた
ギリシャ語の「ハデス」という言葉を
「墓」と訳しました
とはいえ 特に注目できるのは
エホバの名前を使っていることです
「ジェームズ王欽定訳」で
「心をつくし⋯⋯主なるあなたの神を
愛せよ」となっている所を
ガーナムは「心をつくし⋯⋯あなたの神
エホバを愛せよ」と訳しています
ほかの翻訳聖書が神の名前を
ほんの数カ所しか使ってないのに対し
ガーナムはプリーストリーの
チームの方針に沿って
新約聖書でエホバの名前を
200回ほど使っています
全部あの暴動で失われたと
思っていました
でも 私たちの図書館で
ガーナムの翻訳した
新約聖書が見つかったんです
この発見には非常に驚きました
ウィリアムズ図書館で見つかったのは
本当に素晴らしい原稿です
ヘブライ語とギリシャ語に
精通した学者たちが
注意深く手掛けた物だからです
この発見には胸が躍ります
もっと多くの人に
知っていただきたいです
18世紀に新約聖書を
英語に翻訳するという
ガーナムたちの取り組みは
聖書翻訳の歴史に新たな
ページを加えました
もし出版されていたら本当に画期的な
ものだったに違いありません
-