ロバート・シランコ: 復活という奇跡(使徒 24:15)
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00:00:01
復活は奇跡です00:00:04
00:00:04
奇跡とは そもそも00:00:06
00:00:07
超自然的な現象や出来事のことです00:00:10
00:00:10
亡くなった人を生き返らせることなど00:00:13
00:00:13
人間にはできませんよね00:00:16
00:00:16
それで 復活を信じている私たちは00:00:20
00:00:20
奇跡を信じている人たち
ということになります00:00:25
00:00:25
使徒パウロも復活という
奇跡を信じていました00:00:29
00:00:29
ユテコという少年が3階の窓から落ちて
死んだ時のことです00:00:35
00:00:35
医者のルカもその子が
死んだのを認めましたが00:00:38
00:00:38
パウロは神に頼って
その子を復活させました00:00:43
00:00:43
その少し後にも ユダヤの総督の前で00:00:47
00:00:47
イエス・キリストを信じていることを
はっきりと語りました00:00:51
00:00:51
それが今日の聖句です00:00:53
00:00:53
では 使徒 24:15を開いて
読んでみましょう00:00:59
00:01:00
「また 私はこの方たちと
同じ希望を持っております00:01:04
00:01:04
神が正しい人も正しくない人も00:01:08
00:01:08
復活させてくださるという希望です」00:01:12
00:01:12
パウロは単にこうなったらいいな
と思っていたわけではありません00:01:17
00:01:17
パウロの希望にはしっかりとした
土台がありました00:01:21
00:01:21
エホバが約束していることを
信じていたからこそ持てた希望でした00:01:27
00:01:27
イエスは亡くなった人を復活させる前に00:01:30
00:01:30
信仰があれば復活を信じられる
と言いました00:01:33
00:01:33
そういうことが2回ありました00:01:36
00:01:36
例えばヤイロの娘が死んだ時
ルカ 8:50でヤイロに00:01:41
00:01:41
「心配は要りません
ただ信仰を持ちなさい00:01:44
00:01:44
そうすれば娘さんは救われます」
と言いました00:01:48
00:01:48
その通りのことが起きました00:01:50
00:01:50
ラザロが死んだ時には姉妹のマルタに00:01:54
00:01:54
ヨハネ 11:25でこう言いました00:01:58
00:01:58
「私は復活であり 命です00:02:01
00:02:01
私に信仰を抱く人は
死んでも生き返ります」00:02:05
00:02:05
そして実際にラザロを復活させました00:02:10
00:02:10
信仰があれば 復活の希望は
より生き生きとしたものになります00:02:17
00:02:17
パウロはヘブライ 11:1で
信仰とはどんなものかを説明しました00:02:23
00:02:23
復活の希望とどんな関係があるか
考えてみましょう00:02:27
00:02:27
その聖句によると 信仰には
2つの要素があります00:02:32
00:02:32
まず 信仰とは「望んでいる事柄が
実現するという確信」です00:02:38
00:02:38
エホバの約束が全部必ず
その通りになると信じるということです00:02:45
00:02:45
聖書には 亡くなった人が
復活した例が9つ載っています00:02:50
00:02:50
ヘブライ語聖書に3つ
ギリシャ語聖書に6つです00:02:55
00:02:55
こうした事例を記録させたエホバは
偽ることのできない方なので00:03:00
00:03:00
亡くなった人を復活させるという約束も
心から信じることができます00:03:06
00:03:06
私たちの大切な家族や友人も
生き返ります00:03:10
00:03:10
聖句の後半には 信仰とは00:03:13
00:03:13
「目に見えないものが実在するという
はっきりとした証拠」とあります00:03:19
00:03:19
復活も見たことはありませんよね00:03:21
00:03:21
動画などで聖書中の事例や将来の
復活の場面が描かれることはありますが00:03:28
00:03:28
そういうのは実際に目で見るのとは
違いますよね00:03:33
00:03:33
では エホバが命のないものに
命を吹き込むことができるというのを00:03:39
00:03:39
目に見える仕方で確かめる
方法はないんでしょうか00:03:44
00:03:44
イエスが山上の垂訓で教えたことに
注目してみましょう00:03:49
00:03:49
どうぞマタイ 6章をお開きください00:03:52
00:03:52
そこでイエスは生活のことで「心配する
のをやめ」るようにと言っていました00:03:58
00:03:58
そして「王国と神から見て
正しいこととをいつも第一に」すれば00:04:03
00:04:03
必要なものは全部与えられる
と約束しました00:04:07
00:04:07
その約束を信じられるよう
イエスはどんなことを言ったでしょうか00:04:12
00:04:12
ヘブライ 11:1の信仰の説明と
結び付けて考えてみましょう00:04:17
00:04:17
32節では「天の父は あなたたちが00:04:20
00:04:21
こうしたもの全てを必要としている
ことを知って」いると言いました00:04:25
00:04:25
神の子自らが 必要なものは全部
エホバが与えてくれると保証しました00:04:31
00:04:31
そうやって約束が実現することを
確信させました00:04:37
00:04:37
イエスは目に見える「はっきりとした
証拠」にも注目させました00:04:42
00:04:42
26節でこう言っています
「鳥をよく観察しなさい00:04:46
00:04:46
種をまいたり 刈り取ったり
倉に集めたりはしません00:04:50
00:04:50
それでも[エホバ]は鳥を養っています」00:04:53
00:04:53
28節では「野のユリ」に注目させました00:04:56
00:04:56
「苦労して働いたり
糸を紡いだり」していませんが00:04:59
00:04:59
いわばエホバから服をもらっています00:05:02
00:05:02
その様子を見ると
王国を第一にする人に00:05:05
00:05:05
エホバが必要なものを
与えてくれると信じられます00:05:10
00:05:10
野のユリからは
エホバが命のないものに00:05:13
00:05:13
再び命を吹き込むことができる
ということも学べます00:05:19
00:05:19
注釈によると
イエスが言っていたユリには00:05:22
00:05:22
「チューリップ ヒヤシンス アイリス
グラジオラス ユリなど00:05:27
00:05:27
さまざまな花が含まれて
いたかも」しれません00:05:30
00:05:30
いずれにしても そうした花の生態には00:05:34
00:05:34
1つの興味深い共通点があります00:05:37
00:05:38
ではここで植物学の時間です00:05:41
00:05:41
こうした花は種からではなく00:05:44
00:05:44
球根から成長する多年草です00:05:48
00:05:48
花を咲かせて一度枯れても00:05:50
00:05:50
次の季節には芽を出して
いわば生き返ります00:05:54
00:05:54
どうぞこちらをご覧ください00:05:57
00:05:57
チューリップの球根です00:06:00
00:06:00
この中に成長に必要なものが
全て含まれています00:06:06
00:06:06
例えば 根や茎 葉や蕾になるもの00:06:10
00:06:10
必要な養分が全部詰め込まれています00:06:14
00:06:14
長くて寒い冬の間00:06:17
00:06:17
球根は無活動の状態に入り00:06:20
00:06:20
成長しなくなります00:06:23
00:06:23
でも 春になって土が温まってくると00:06:27
00:06:27
再び成長を始めます00:06:31
00:06:31
やがて土の中からひょっこりと
芽が顔を出します00:06:37
00:06:38
こうしてチューリップが
息を吹き返したことが00:06:41
00:06:41
みんなの目にはっきりと
見えるようになります00:06:45
00:06:46
ユリの花から2つのことを
学ぶことができました00:06:51
00:06:51
まず エホバがユリの花に
服を与えていることから00:06:55
00:06:55
私たちの生活に必要なものも
全部与えてくれると分かります00:07:01
00:07:01
そして ユリの花が毎年息を
吹き返すように設計したエホバは00:07:06
00:07:06
亡くなった人を生き返らせることが
できるということも学べました00:07:11
00:07:11
こうした自然界の目に見える
はっきりとした証拠に加え00:07:16
00:07:16
聖書に書かれているエホバの
約束を考えると00:07:20
00:07:20
希望が一層鮮明になります00:07:22
00:07:23
亡くなった人が生き返るという希望です00:07:26
00:07:27
皆さんよくご存知の通り
エホバには無限の記憶力があります00:07:32
00:07:32
DNAも含め 亡くなった人についての
全ての情報を記憶しています00:07:38
00:07:38
それで 外見も話し方も考え方も00:07:42
00:07:42
全部その通りに復活させてくれます00:07:46
00:07:46
本人も周りの人も
何の違和感も感じないことでしょう00:07:52
00:07:52
イザヤ 26章を開いてみましょう00:07:55
00:07:55
19節を見ると00:07:58
00:07:58
新しい世界での復活の時の様子を
思い描くことができます00:08:03
00:08:03
こう書かれています00:08:05
00:08:06
「あなたの死者は生きる00:08:08
00:08:08
私の民の死体は起き上がる00:08:11
00:08:11
土の中に住む者たち00:08:14
00:08:14
目を覚まし 歓声を上げなさい!00:08:17
00:08:17
あなたの露は朝露のようであり00:08:20
00:08:20
大地は無力な死者を生き返らせる」00:08:24
00:08:24
いい聖句ですね00:08:26
00:08:26
「新英訳聖書」は この部分を
「地に眠る者たちは目覚めて00:08:31
00:08:31
喜び叫ぶであろう」と訳しています00:08:35
00:08:35
復活してきた大切な家族や
友人との再会の喜びは00:08:40
00:08:40
素晴らしいものになります00:08:43
00:08:43
今度春にユリの花を見かけたら00:08:46
00:08:46
エホバの復活の約束を
思い出してください00:08:50
00:08:51
では最後に 詩編 27:13, 14を
読みましょう00:08:57
00:08:57
将来の希望への信仰を持つ
大切さが分かります00:09:01
00:09:01
こう書かれています00:09:03
00:09:03
「もし私に信仰がなかったなら
私はどうなっていただろう00:09:08
00:09:08
この地上でエホバの善い行いを
見ることを信じていないなら00:09:12
00:09:12
希望を抱いてエホバを待て
勇気を出し 心を強くせよ00:09:17
00:09:17
そうだ 希望を抱いてエホバを待て」00:09:21
00:09:21
「この地上で」大切な人と
再会できるのが00:09:25
00:09:25
本当に楽しみですね00:09:28
00:09:28
今日の聖句にあったように エホバが
「復活させて」くれるという信仰を00:09:33
00:09:33
これからも強くしていきましょう00:09:36
ロバート・シランコ: 復活という奇跡(使徒 24:15)
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ロバート・シランコ: 復活という奇跡(使徒 24:15)
復活は奇跡です
奇跡とは そもそも
超自然的な現象や出来事のことです
亡くなった人を生き返らせることなど
人間にはできませんよね
それで 復活を信じている私たちは
奇跡を信じている人たち
ということになります
使徒パウロも復活という
奇跡を信じていました
ユテコという少年が3階の窓から落ちて
死んだ時のことです
医者のルカもその子が
死んだのを認めましたが
パウロは神に頼って
その子を復活させました
その少し後にも ユダヤの総督の前で
イエス・キリストを信じていることを
はっきりと語りました
それが今日の聖句です
では 使徒 24:15を開いて
読んでみましょう
「また 私はこの方たちと
同じ希望を持っております
神が正しい人も正しくない人も
復活させてくださるという希望です」
パウロは単にこうなったらいいな
と思っていたわけではありません
パウロの希望にはしっかりとした
土台がありました
エホバが約束していることを
信じていたからこそ持てた希望でした
イエスは亡くなった人を復活させる前に
信仰があれば復活を信じられる
と言いました
そういうことが2回ありました
例えばヤイロの娘が死んだ時
ルカ 8:50でヤイロに
「心配は要りません
ただ信仰を持ちなさい
そうすれば娘さんは救われます」
と言いました
その通りのことが起きました
ラザロが死んだ時には姉妹のマルタに
ヨハネ 11:25でこう言いました
「私は復活であり 命です
私に信仰を抱く人は
死んでも生き返ります」
そして実際にラザロを復活させました
信仰があれば 復活の希望は
より生き生きとしたものになります
パウロはヘブライ 11:1で
信仰とはどんなものかを説明しました
復活の希望とどんな関係があるか
考えてみましょう
その聖句によると 信仰には
2つの要素があります
まず 信仰とは「望んでいる事柄が
実現するという確信」です
エホバの約束が全部必ず
その通りになると信じるということです
聖書には 亡くなった人が
復活した例が9つ載っています
ヘブライ語聖書に3つ
ギリシャ語聖書に6つです
こうした事例を記録させたエホバは
偽ることのできない方なので
亡くなった人を復活させるという約束も
心から信じることができます
私たちの大切な家族や友人も
生き返ります
聖句の後半には 信仰とは
「目に見えないものが実在するという
はっきりとした証拠」とあります
復活も見たことはありませんよね
動画などで聖書中の事例や将来の
復活の場面が描かれることはありますが
そういうのは実際に目で見るのとは
違いますよね
では エホバが命のないものに
命を吹き込むことができるというのを
目に見える仕方で確かめる
方法はないんでしょうか
イエスが山上の垂訓で教えたことに
注目してみましょう
どうぞマタイ 6章をお開きください
そこでイエスは生活のことで「心配する
のをやめ」るようにと言っていました
そして「王国と神から見て
正しいこととをいつも第一に」すれば
必要なものは全部与えられる
と約束しました
その約束を信じられるよう
イエスはどんなことを言ったでしょうか
ヘブライ 11:1の信仰の説明と
結び付けて考えてみましょう
32節では「天の父は あなたたちが
こうしたもの全てを必要としている
ことを知って」いると言いました
神の子自らが 必要なものは全部
エホバが与えてくれると保証しました
そうやって約束が実現することを
確信させました
イエスは目に見える「はっきりとした
証拠」にも注目させました
26節でこう言っています
「鳥をよく観察しなさい
種をまいたり 刈り取ったり
倉に集めたりはしません
それでも[エホバ]は鳥を養っています」
28節では「野のユリ」に注目させました
「苦労して働いたり
糸を紡いだり」していませんが
いわばエホバから服をもらっています
その様子を見ると
王国を第一にする人に
エホバが必要なものを
与えてくれると信じられます
野のユリからは
エホバが命のないものに
再び命を吹き込むことができる
ということも学べます
注釈によると
イエスが言っていたユリには
「チューリップ ヒヤシンス アイリス
グラジオラス ユリなど
さまざまな花が含まれて
いたかも」しれません
いずれにしても そうした花の生態には
1つの興味深い共通点があります
ではここで植物学の時間です
こうした花は種からではなく
球根から成長する多年草です
花を咲かせて一度枯れても
次の季節には芽を出して
いわば生き返ります
どうぞこちらをご覧ください
チューリップの球根です
この中に成長に必要なものが
全て含まれています
例えば 根や茎 葉や蕾になるもの
必要な養分が全部詰め込まれています
長くて寒い冬の間
球根は無活動の状態に入り
成長しなくなります
でも 春になって土が温まってくると
再び成長を始めます
やがて土の中からひょっこりと
芽が顔を出します
こうしてチューリップが
息を吹き返したことが
みんなの目にはっきりと
見えるようになります
ユリの花から2つのことを
学ぶことができました
まず エホバがユリの花に
服を与えていることから
私たちの生活に必要なものも
全部与えてくれると分かります
そして ユリの花が毎年息を
吹き返すように設計したエホバは
亡くなった人を生き返らせることが
できるということも学べました
こうした自然界の目に見える
はっきりとした証拠に加え
聖書に書かれているエホバの
約束を考えると
希望が一層鮮明になります
亡くなった人が生き返るという希望です
皆さんよくご存知の通り
エホバには無限の記憶力があります
DNAも含め 亡くなった人についての
全ての情報を記憶しています
それで 外見も話し方も考え方も
全部その通りに復活させてくれます
本人も周りの人も
何の違和感も感じないことでしょう
イザヤ 26章を開いてみましょう
19節を見ると
新しい世界での復活の時の様子を
思い描くことができます
こう書かれています
「あなたの死者は生きる
私の民の死体は起き上がる
土の中に住む者たち
目を覚まし 歓声を上げなさい!
あなたの露は朝露のようであり
大地は無力な死者を生き返らせる」
いい聖句ですね
「新英訳聖書」は この部分を
「地に眠る者たちは目覚めて
喜び叫ぶであろう」と訳しています
復活してきた大切な家族や
友人との再会の喜びは
素晴らしいものになります
今度春にユリの花を見かけたら
エホバの復活の約束を
思い出してください
では最後に 詩編 27:13, 14を
読みましょう
将来の希望への信仰を持つ
大切さが分かります
こう書かれています
「もし私に信仰がなかったなら
私はどうなっていただろう
この地上でエホバの善い行いを
見ることを信じていないなら
希望を抱いてエホバを待て
勇気を出し 心を強くせよ
そうだ 希望を抱いてエホバを待て」
「この地上で」大切な人と
再会できるのが
本当に楽しみですね
今日の聖句にあったように エホバが
「復活させて」くれるという信仰を
これからも強くしていきましょう
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