ポール・ギリス:「平和をつくる人たちは幸福です」(マタイ 5:9)
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イエスはマタイ 5:9で00:00:03
00:00:03
平和をつくる人になることに
なぜ価値があるかを述べています00:00:07
00:00:07
シンプルに 「平和をつくる人たちは
幸福です」と言いました00:00:11
00:00:11
簡単そうに聞こえるかもしれませんが00:00:14
00:00:15
平和をつくるのは
決して簡単ではありません00:00:18
00:00:18
例えば どんな点が難しいのでしょうか00:00:21
00:00:21
その答えがヤコブ 3章に書かれています00:00:25
00:00:25
ご一緒にヤコブ 3章を開いて
5節を読んでみましょう00:00:30
00:00:31
「同じように 舌は体の小さな
部分ですが 大いに自慢します00:00:37
00:00:37
ご存じの通り ごく小さな火が
大きな森を燃やしてしまいます」00:00:43
00:00:43
8節にもこうあります00:00:45
00:00:45
「舌を従わせることは誰にもできません00:00:48
00:00:48
舌は手に負えない有害なもので
死をもたらす毒で満ちています」00:00:53
00:00:53
ですから 難しいのは
舌を従わせることです00:00:57
00:00:57
そうしないと 平和はつくれません00:01:00
00:01:00
舌は食べたり 呼吸したり
話したりするのに使う器官です00:01:05
00:01:05
ヤコブはここで
話すことについて言っています00:01:09
00:01:09
舌と訳されるラテン語は
リングワという言葉です00:01:14
00:01:14
その言葉に由来する英語の一例として
言語という意味のランゲージがあります00:01:21
00:01:21
舌と話すことを結びつける表現は
本当にいろいろありますね00:01:26
00:01:26
例えば 「舌が回る」「舌がもつれる」
「舌足らず」「二枚舌」「毒舌」などです00:01:34
00:01:34
ヤコブが述べている通り 舌は火で
大きな被害をもたらすことがあります00:01:40
00:01:40
ごく小さな火が
大きな森を燃やしてしまいます00:01:44
00:01:44
それで 平和をつくる人は
腹が立つような時00:01:48
00:01:48
難しいとしても 舌をコントロール
するよう努力しなければなりません00:01:53
00:01:53
私たちの舌は4つの味を
感じることができます00:01:57
00:01:57
甘味 塩味 酸味 苦味です00:02:00
00:02:00
甘味は舌の先の方で感じ00:02:04
00:02:04
酸味や塩味はというと 舌の横の方
あるいは側面で感じるとされています00:02:11
00:02:11
そして苦味は舌の奥
喉の方で感じるようです00:02:16
00:02:16
聖書ではそういう味覚と
言葉が結び付けられています00:02:21
00:02:21
ヨブ 34:3にはこうあります00:02:24
00:02:24
「耳は言葉を確かめます00:02:26
00:02:26
舌が食物を味わうのと同じようにです」00:02:29
00:02:29
使徒パウロもコロサイ 4:6で
こう言っています00:02:33
00:02:33
「塩で味付けされた快い言葉を
語るように心掛けましょう00:02:39
00:02:39
そうすれば 誰に対しても
どのように答えるべきかが分かります」00:02:44
00:02:44
平和をつくるには
よく味付けされた言葉を語るべきです00:02:48
00:02:49
とはいえ ヤコブ 3:10に書かれている言葉
に同意するのではないでしょうか00:02:54
00:02:54
こうあります 「良い言葉と悪い言葉が
同じ口から出てくるのです」00:03:00
00:03:00
言ってみれば 甘い言葉も苦い言葉も
口から出てくるのです00:03:05
00:03:05
伝道で会う人や会衆の人には
優しく話すことができるのに00:03:10
00:03:10
家族や同僚にはきつい言い方を
してしまうかもしれません00:03:14
00:03:14
そうなってしまうことが
よくあるのはどうしてでしょうか00:03:18
00:03:19
イエスは 考えていることや
感じていることが00:03:22
00:03:22
言葉に表れると教えました00:03:25
00:03:25
マタイ 12:34でこう言っています00:03:28
00:03:28
「心に満ちあふれているものが
口から出ます」00:03:32
00:03:33
ですから 苦味を
舌の奥の方で感じるように00:03:37
00:03:37
人を嫌な思いにさせる苦い言葉も
奥の方から つまり00:03:42
00:03:42
心の中から出てきます00:03:44
00:03:44
心の中の本当の気持ちが
明らかになるのです00:03:48
00:03:49
相手のことをどう思っているかが
私たちの話す言葉に表れます00:03:54
00:03:55
この画像から何が分かるでしょうか00:03:57
00:03:58
相手に敬意を持っているかどうかは
私たちが何をどう言うかに表れます00:04:04
00:04:05
1人の姉妹が別の姉妹に
きついことを言っています00:04:09
00:04:10
言葉は一度口から出したら00:04:12
00:04:12
パソコンの画面に入力した文字
のように消すことはできません00:04:17
00:04:17
それで 言葉で誰かを
傷つけてしまったら00:04:21
00:04:21
平和をつくる人は心から
「ごめんなさい」と謝ります00:04:26
00:04:27
この姉妹も聖書を読んで
考えた後 そうしてますね00:04:31
00:04:32
では 格言 12:18を開いてみましょう00:04:37
00:04:37
話す前によく考えるべき
なのはどうしてか00:04:41
00:04:41
その大切な理由が
この聖句から分かります00:04:45
00:04:45
格言 12:1800:04:48
00:04:48
「心ない発言は剣のように突き刺し
賢い人たちの舌は人を癒やす」00:04:54
00:04:55
舌は剣のようになり得ます00:04:58
00:04:58
きつい言葉を言われると傷つき00:05:01
00:05:01
だいぶ時間がたってからも心に
傷が残っているかもしれません00:05:06
00:05:06
きつい言葉は 落ち込んだ時に
頭をよぎることもあります00:05:10
00:05:10
皆さんも 落ち込んだ時に
何年も前に言われた不親切な言葉を00:05:14
00:05:14
思い出したという経験が
あるかもしれません00:05:18
00:05:19
一方 賢い人たちの舌は人を癒やし
平和をつくります00:05:24
00:05:25
この点に関する聖書中の
例を考えてみましょう00:05:29
00:05:29
ヨブは病気などいろいろな
苦痛を味わいましたが00:05:33
00:05:33
言葉で傷つけられたことも
相当つらい経験だったようです00:05:37
00:05:38
ヨブ 19:2を見てみましょう00:05:41
00:05:41
その様子がこの絵に描かれています00:05:44
00:05:44
ヨブはビルダドからきつい言葉を
言われて こう言っています00:05:49
00:05:49
「いつまで私をいら立たせ
言葉で打ちのめすのか」00:05:53
00:05:54
「いつまで私を……言葉で
打ちのめすのか」と言っています00:05:58
00:05:58
傷つけるや悩ませるではなく
打ちのめすという言葉から00:06:03
00:06:03
ヨブのつらい気持ちが伝わってきます00:06:06
00:06:06
ヨブを慰めに来たはずの人たちの
批判的な言葉は00:06:10
00:06:10
剣で突き刺すかのようでした00:06:12
00:06:13
それはヨブ記の9つの章にわたって
記されていますが00:06:17
00:06:17
彼らはヨブの名前を
一度も使っていません00:06:20
00:06:20
ヨブが打ちのめされたのも
無理はありません00:06:24
00:06:24
私たちも同じ立場だったら
そう感じるでしょう00:06:27
00:06:28
傷つけられたヨブはこの時00:06:30
00:06:31
2つの反応のうち どちらかを
選ぶことができました00:06:35
00:06:35
心の中で次のように
考えることもできました00:06:38
00:06:38
「もしこの状況から抜け出せたら
あなたたち3人に必ず仕返ししてやる」00:06:44
00:06:45
でもヨブは平和をつくる道を選びました00:06:49
00:06:49
ヨブ 42:8を見てみましょう00:06:53
00:06:53
その様子がこの絵に描かれています00:06:56
00:06:57
ヨブ 42章の8節を見ていくと00:07:01
00:07:01
中ほどで エホバが
ヨブについてこう言っています00:07:05
00:07:06
「私に仕えるヨブが
あなたたちのために祈る」00:07:10
00:07:10
興味深いことに エホバはヨブに
こう言っていたことになります00:07:15
00:07:15
「友人たちと和解し00:07:17
00:07:18
もう悪感情を抱かないよう
彼らのために祈りなさい」00:07:22
00:07:23
興味深いですね00:07:25
00:07:25
自分を深く傷つけた人のために祈るのは00:07:29
00:07:29
平和をつくる人にとっても
そう簡単なことではありません00:07:33
00:07:34
10節を見ると ヨブが
友人たちのために祈った後に00:07:39
00:07:39
エホバはヨブの苦難を取り去り 再び
豊かな生活を送らせたことが分かります00:07:45
00:07:46
ヨブはそのように行動したので
怒りの気持ちを捨てることができ00:07:51
00:07:51
残りの人生を前向きに
送ることができました00:07:55
00:07:55
聖書によると ヨブはその後の
140年間 幸せに暮らしました00:08:00
00:08:01
もっと重要なこととして00:08:03
00:08:03
ヨブはエホバと平和な関係で
いられたので幸せでした00:08:07
00:08:07
このように平和をつくる人は00:08:10
00:08:10
復讐する道ではなく和解する道を
選ぶので 幸せでいられます00:08:16
00:08:16
最後に 平和をつくることについて
別の角度から考えてみましょう00:08:22
00:08:22
友達がほかの人の感情を害している
ことに気付いたら どうしますか00:08:27
00:08:27
見過ごしますか それとも
平和をつくろうとしますか00:08:32
00:08:32
詩編 141:5でダビデがどんなことを
言っているかに注目しましょう00:08:39
00:08:39
詩編 141:5です00:08:43
00:08:43
最初の部分だけ読みましょう
こうあります00:08:46
00:08:47
「正しい人が私を打つとしても
それは揺るぎない愛の表れです」00:08:52
00:08:52
友達を打つのは 平和をつくる人らしい
行動ではありませんね00:08:57
00:08:57
実際 多くの人は友達に
忠告するのをためらいます00:09:02
00:09:02
どう取られるかが心配で 大切な
関係を壊したくないと思うからです00:09:08
00:09:08
皮肉なことに 人の感情を
害しがちな人に限って00:09:13
00:09:13
自分が正されるときに
とても敏感に反応するものです00:09:18
00:09:18
でも本当の友達なら 必要な忠告を
与えるのを差し控えたりはしません00:09:25
00:09:25
最終的には人を癒やすことになる
どんなに親切な言葉でも00:09:30
00:09:31
最初は傷に塗る薬のように
痛みを生じさせることがあります00:09:36
00:09:37
でも 友達が助言を当てはめるなら
良いことがあります00:09:41
00:09:41
ほかの人との関係が良くなります00:09:44
00:09:44
私たちも平和をつくる努力を
したことを喜べます00:09:48
00:09:50
犬がかわいがられるのは00:09:52
00:09:52
舌を振るってべらべら
しゃべるからではなく00:09:55
00:09:55
尾を振るからだと言われています00:09:57
00:09:58
私たちは今日も一日 舌を振るって
たくさんおしゃべりするでしょう00:10:03
00:10:03
平和をつくる幸せな人になりたいなら00:10:06
00:10:07
舌を上手に使って「塩で味付けされた」
快い言葉を語るようにしましょう00:10:13
ポール・ギリス:「平和をつくる人たちは幸福です」(マタイ 5:9)
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ポール・ギリス:「平和をつくる人たちは幸福です」(マタイ 5:9)
イエスはマタイ 5:9で
平和をつくる人になることに
なぜ価値があるかを述べています
シンプルに 「平和をつくる人たちは
幸福です」と言いました
簡単そうに聞こえるかもしれませんが
平和をつくるのは
決して簡単ではありません
例えば どんな点が難しいのでしょうか
その答えがヤコブ 3章に書かれています
ご一緒にヤコブ 3章を開いて
5節を読んでみましょう
「同じように 舌は体の小さな
部分ですが 大いに自慢します
ご存じの通り ごく小さな火が
大きな森を燃やしてしまいます」
8節にもこうあります
「舌を従わせることは誰にもできません
舌は手に負えない有害なもので
死をもたらす毒で満ちています」
ですから 難しいのは
舌を従わせることです
そうしないと 平和はつくれません
舌は食べたり 呼吸したり
話したりするのに使う器官です
ヤコブはここで
話すことについて言っています
舌と訳されるラテン語は
リングワという言葉です
その言葉に由来する英語の一例として
言語という意味のランゲージがあります
舌と話すことを結びつける表現は
本当にいろいろありますね
例えば 「舌が回る」「舌がもつれる」
「舌足らず」「二枚舌」「毒舌」などです
ヤコブが述べている通り 舌は火で
大きな被害をもたらすことがあります
ごく小さな火が
大きな森を燃やしてしまいます
それで 平和をつくる人は
腹が立つような時
難しいとしても 舌をコントロール
するよう努力しなければなりません
私たちの舌は4つの味を
感じることができます
甘味 塩味 酸味 苦味です
甘味は舌の先の方で感じ
酸味や塩味はというと 舌の横の方
あるいは側面で感じるとされています
そして苦味は舌の奥
喉の方で感じるようです
聖書ではそういう味覚と
言葉が結び付けられています
ヨブ 34:3にはこうあります
「耳は言葉を確かめます
舌が食物を味わうのと同じようにです」
使徒パウロもコロサイ 4:6で
こう言っています
「塩で味付けされた快い言葉を
語るように心掛けましょう
そうすれば 誰に対しても
どのように答えるべきかが分かります」
平和をつくるには
よく味付けされた言葉を語るべきです
とはいえ ヤコブ 3:10に書かれている言葉
に同意するのではないでしょうか
こうあります 「良い言葉と悪い言葉が
同じ口から出てくるのです」
言ってみれば 甘い言葉も苦い言葉も
口から出てくるのです
伝道で会う人や会衆の人には
優しく話すことができるのに
家族や同僚にはきつい言い方を
してしまうかもしれません
そうなってしまうことが
よくあるのはどうしてでしょうか
イエスは 考えていることや
感じていることが
言葉に表れると教えました
マタイ 12:34でこう言っています
「心に満ちあふれているものが
口から出ます」
ですから 苦味を
舌の奥の方で感じるように
人を嫌な思いにさせる苦い言葉も
奥の方から つまり
心の中から出てきます
心の中の本当の気持ちが
明らかになるのです
相手のことをどう思っているかが
私たちの話す言葉に表れます
この画像から何が分かるでしょうか
相手に敬意を持っているかどうかは
私たちが何をどう言うかに表れます
1人の姉妹が別の姉妹に
きついことを言っています
言葉は一度口から出したら
パソコンの画面に入力した文字
のように消すことはできません
それで 言葉で誰かを
傷つけてしまったら
平和をつくる人は心から
「ごめんなさい」と謝ります
この姉妹も聖書を読んで
考えた後 そうしてますね
では 格言 12:18を開いてみましょう
話す前によく考えるべき
なのはどうしてか
その大切な理由が
この聖句から分かります
格言 12:18
「心ない発言は剣のように突き刺し
賢い人たちの舌は人を癒やす」
舌は剣のようになり得ます
きつい言葉を言われると傷つき
だいぶ時間がたってからも心に
傷が残っているかもしれません
きつい言葉は 落ち込んだ時に
頭をよぎることもあります
皆さんも 落ち込んだ時に
何年も前に言われた不親切な言葉を
思い出したという経験が
あるかもしれません
一方 賢い人たちの舌は人を癒やし
平和をつくります
この点に関する聖書中の
例を考えてみましょう
ヨブは病気などいろいろな
苦痛を味わいましたが
言葉で傷つけられたことも
相当つらい経験だったようです
ヨブ 19:2を見てみましょう
その様子がこの絵に描かれています
ヨブはビルダドからきつい言葉を
言われて こう言っています
「いつまで私をいら立たせ
言葉で打ちのめすのか」
「いつまで私を……言葉で
打ちのめすのか」と言っています
傷つけるや悩ませるではなく
打ちのめすという言葉から
ヨブのつらい気持ちが伝わってきます
ヨブを慰めに来たはずの人たちの
批判的な言葉は
剣で突き刺すかのようでした
それはヨブ記の9つの章にわたって
記されていますが
彼らはヨブの名前を
一度も使っていません
ヨブが打ちのめされたのも
無理はありません
私たちも同じ立場だったら
そう感じるでしょう
傷つけられたヨブはこの時
2つの反応のうち どちらかを
選ぶことができました
心の中で次のように
考えることもできました
「もしこの状況から抜け出せたら
あなたたち3人に必ず仕返ししてやる」
でもヨブは平和をつくる道を選びました
ヨブ 42:8を見てみましょう
その様子がこの絵に描かれています
ヨブ 42章の8節を見ていくと
中ほどで エホバが
ヨブについてこう言っています
「私に仕えるヨブが
あなたたちのために祈る」
興味深いことに エホバはヨブに
こう言っていたことになります
「友人たちと和解し
もう悪感情を抱かないよう
彼らのために祈りなさい」
興味深いですね
自分を深く傷つけた人のために祈るのは
平和をつくる人にとっても
そう簡単なことではありません
10節を見ると ヨブが
友人たちのために祈った後に
エホバはヨブの苦難を取り去り 再び
豊かな生活を送らせたことが分かります
ヨブはそのように行動したので
怒りの気持ちを捨てることができ
残りの人生を前向きに
送ることができました
聖書によると ヨブはその後の
140年間 幸せに暮らしました
もっと重要なこととして
ヨブはエホバと平和な関係で
いられたので幸せでした
このように平和をつくる人は
復讐する道ではなく和解する道を
選ぶので 幸せでいられます
最後に 平和をつくることについて
別の角度から考えてみましょう
友達がほかの人の感情を害している
ことに気付いたら どうしますか
見過ごしますか それとも
平和をつくろうとしますか
詩編 141:5でダビデがどんなことを
言っているかに注目しましょう
詩編 141:5です
最初の部分だけ読みましょう
こうあります
「正しい人が私を打つとしても
それは揺るぎない愛の表れです」
友達を打つのは 平和をつくる人らしい
行動ではありませんね
実際 多くの人は友達に
忠告するのをためらいます
どう取られるかが心配で 大切な
関係を壊したくないと思うからです
皮肉なことに 人の感情を
害しがちな人に限って
自分が正されるときに
とても敏感に反応するものです
でも本当の友達なら 必要な忠告を
与えるのを差し控えたりはしません
最終的には人を癒やすことになる
どんなに親切な言葉でも
最初は傷に塗る薬のように
痛みを生じさせることがあります
でも 友達が助言を当てはめるなら
良いことがあります
ほかの人との関係が良くなります
私たちも平和をつくる努力を
したことを喜べます
犬がかわいがられるのは
舌を振るってべらべら
しゃべるからではなく
尾を振るからだと言われています
私たちは今日も一日 舌を振るって
たくさんおしゃべりするでしょう
平和をつくる幸せな人になりたいなら
舌を上手に使って「塩で味付けされた」
快い言葉を語るようにしましょう
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